第四話 敗北

 シャオは剣の切っ先をベルメザに向けたまま、片手で少女に離れるよう示した。すぐに背後の気配が無くなったので、少女は速やかに逃げたに違いない。足を竦ませ泣きじゃくるような娘でなくて良かったとシャオは息を吐く。


「お前は何だと聞いてる。なぜ私の邪魔をする?」


冷ややかな声が重ねて聞いてくる。問われた本人は剣を構えたまま首を捻った。


 なぜ?と問われてもシャオ自身もよくわからない。ただ少女に危険が迫っているのを感じた。気付いたら地面に落ちていた剣を拾い上げ、二人の間に割って入っていただけだ。


 よくあの速剣を受け止められたものだと、痺れどころか右手に残る痛みを強く感じながら、それだけははっきりと思う。


「だって危ないじゃないか。下手したらあの娘に大怪我させてたよ」


 シャオの返答に冷たい淡々とした声が返ってくる。


「死んでしまえば怪我など関係ないだろう」

「それはちょっと、冗談にしてもあんまりな…」


 冗談などではないと、自分で口にしながらもシャオはわかっていた。

 だからこそ、目の前の男を止めに入ったのだ。


「私の質問にまだ答えてないな。お前はどういう理屈で私の邪魔をした?」

「そっちこそどういう理屈で無害の人間を切り殺そうとしたんだよ?しかもあの娘は巫女だろ?巫女に手を出すのが御法度だって事くらい王都に初めて来た田舎者だって知ってるぞ」

「無害?巫女・・・?」


 銀髪の奥の顔が不穏に歪む。冷ややかな鋭さを増した男の気配がシャオをぞっとさせた。


「誰も口出しできないのをいい事に、己の立場を利用して好き勝手振る舞う輩が無害か?巫女の格好で予兆を口遊みさえすれば、それは巫女なのか?」

「え――と、よくわからないけど・・・でも、女に剣を向けるのは・・・」


 シャオは後退った。今さらながら後悔が押し寄せてくる。


 さっきまでは無我夢中で我を忘れていたが、白銀の刃を光らせる目の前の男は、決して自分が渡り合える相手ではない。現に、今感じている圧迫感は甲冑の騎士など全く比ではないじゃないか。


「女も男も関係ない。咎は贖われる必要があるだけだ。お前も」


 剣先がシャオに向けられた。まずい、と直感する。


「私の邪魔をした咎を贖う必要がある。その粗末な命でな」


 白銀の閃光がシャオを襲った。一撃、二撃、三撃。次々と繰り出される瞬剣を、シャオは歯を食いしばって受け止める。


「はっ。それなりに体は動くようだな。よく見てるじゃないか。一応はドラゴンナイト志願者という訳か」


 冗談じゃないと、シャオは心中で悪態を吐く。


 なにが、よく見てる、だ。この男の剣技がこの程度な訳がない。遊んでいるのだ。きっと、さっきの少女を逃がした腹いせに、田舎剣士を弄んでいたぶるつもりなのだろう。


 コイツはとんでもなくタチが悪い。


 シャオは渾身の力を込めて剣を突き出した。

 銀髪の男の肩を貫くはずだったそれは、呆気なく弾かれて終わった。


 一撃か。

 

 たった一撃。


 シャオが剣を繰り出せたのは、それだけだった。


 もう立っていられなかった。

 呼吸もすでに追い付かなくなっている。

 剣もどこかに行ってしまった。


 膝を付いたシャオを、銀髪の下の白い顔が見下ろす。


「もう終わりか。私の邪魔をした勢いはどうした?」

「うるさいな。邪魔邪魔て。そんなに割って入られたことが嫌か」


 なんとか顔だけは上げて、悪態を吐く。これぐらいしか出来ない自分にシャオは心底腹を立てていた。


「当たり前だ。お前はドラゴンナイトになるために来たのだろう。そのお前があの巫女紛いを庇って私の邪魔をするなど、許されるはずがない」

「ドラゴンナイトていうのは、龍神国を守る剣であり盾なんだろ?だったら、凶漢に襲われそうになってる女子を守ろうとするのは当然じゃないか」


 シャオは銀髪の男を睨み付ける。


 コイツが何者かはわからない。わかるのは、見た目の雰囲気や声の感じから自分と大して年が違わなそうだというくらいだ。それなのに、こんなにも実力に差がある。


 腹が立って仕方無かった。胸が焼け尽くされるなんていつぶりだろうか。


 子供の頃から通い続けた道場にも年の近い連中などいくらでもいた。そのほとんどに打ちのめされてきたというのに、怒りを感じるなんてことはなかったはずだ。


 どうしてだろうか。


 この男の前で膝を折っているのが、堪らなく悔しい。


「そうか。おれは悔しいのか」


 ぽつりとシャオは呟く。

 それは忘れ物を見つけたような気分だった。


「ベルメザ殿」


 シャオの手から剣を弾き飛ばした甲冑の騎士が近寄って来た。


「本当にこの者を罰するおつもりですか?」

「不服があるのか?」


 騎士は小さく息を吐く。それから、腰に収めた剣に手を伸ばした。


「いえ、それなら私が。あなたが手を煩わせることはありません」

「いらん世話だ。余計なことをしてる暇があるなら試験を続けろ」


 銀髪の男は騎士を遮ると、再びシャオの目前に剣をかざした。その唇から暗く冷たい死刑宣告が流れ出す。


「ドラゴンナイト志願者であるなら、お前の犯した罪はより一層重い。贖え」


 白銀の凶刃が振り下ろされた。それは地面に這いつくばる敗者を斬り捨てるには、十分な重さと速さだった。だが、シャオはそれを待てなかった。


 銀髪の男には油断があったのだろう。彼は動けないはずのシャオが投げつけた剣を叩き落とすのに、一寸の時間を取られた。その隙にシャオは甲冑の騎士の腰から剣を抜き取り、銀髪の男に斬りかかった。


「ベルメザ殿!」


 叫んだのは剣を奪われた騎士だったろう。


 シャオの剣は、確かに銀髪の男を捕えた。

 僅かに、白い衣を裂く程度に。


「くっそ・・・っ」


 勝機が去ったことを察したシャオは、すぐに身を引いた。

 せっかく油断を誘い、隙をついて斬り込んだというのにあっさり躱され、衣一枚程度の手応えしか得られないとは。


 悔しさが波のように押し寄せてくる。今のシャオを動かしているのは、それだけだった。


「べ、ベルメザ殿、お怪我は・・・」


 不安げに問いかけてくる甲冑の騎士に、銀髪の男からの返事はなかった。男は、裂かれた上衣の襟元にゆっくりと手を伸ばすと確かめるようにそれに触れ、そして、ふいに動いた。


 シャオの目には、突然相手が消えたようにしか映らなかった。

 次の瞬間、シャオは空と対面していた。雲一つない青い青い空だった。


 斬られたのだ。

 そして、あまりにも速い、速すぎる剣の圧に体が耐えられず吹っ飛ばされたのだろう。


 そう悟ると同時に、もう一つようやく気付いたことがあった。


 ベルメザ。


 それはドラゴンナイトの一人の名だった。




































































 

































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