第三話 乱入者
カツ カツ カツ。
真向いからこちらへとやって来る人影。
ドラゴンナイト志願者で作られた列と列の合間を、周囲に溢れる傷者には目もくれずに真っ直ぐこっちへとやって来る。
銀髪の男だ。顔が隠れるくらい前髪が長い。
ゆったりとした裾の広い上衣は貴族特有のもので、白地に銀縁の青いボタンが光り、裾からはピカピカと輝く長靴をのぞかせている。シャオが雨の日に履くながぐつとは大違いだ。
シャオはその手元に目を遣った。
貴族らしく大ぶりの宝石がぎらつく指輪を予想していたが、白い手に光るものはなかった。代わりに、上衣の隙間から長短二振りの剣が覗いている。
貴族がドラゴンナイトに志願することもあるだろう。白い上衣をなびかせる男はシャオの横を通り過ぎ、そのままシャオを敗北させた騎士の元へと進んで行く。
列にも並ばずにいきなりドラゴンナイトに挑みに来るとは。
シャオは衛兵が銀髪の男を注意しに来ると思ったが、そうはならず、予想外にも甲冑の騎士の恐縮した声を聞くことになった。
「わざわざお出でにならずともよろしかったのに。この場は、私どもだけで十分かと」
「悠長なことを言う。暑苦しい列がどこまで伸びているかわかってるのか?このままではどっちにしろ駆り出されるだろうさ」
騎士に応える銀髪の男の声は居丈高な上に冷ややかだった。シャオは白い上衣に目を走らせてみたが、龍体はおろか、爪の一枚、鱗の一片すらも見当たらない。
何者だ?
ドラゴンナイト相手に居丈高な態度を取れる者などそうそう存在するはずもない。いるとすれば王家に連なる者だろうか。それにしても・・・。
そうこうしている内に銀髪の男が前に出て来た。列に並ぶ志願者たちを見回し、尊大に言う。
「一人ずつ相手にしているから無駄な時間がかかる。剣を持っている者は全員でかかってこい」
突然の闖入者の突飛な発言に、その場の全員が目を丸くした。シャオもその一人だった。なぜなら、無謀な発言者の風体は、屈強なドラゴンナイト志願者たちをまとめて相手にできるようには到底見えなかったからだ。
「私に一太刀でも浴びせることができたら、お前たち全員の一次試験突破を認めてやる」
呆れと怒りが交ざった息が志願者たちから漏れ出る。
それと同じくらいこの優男を叩きのめすだけで試験突破なら安いものだと、甲冑の騎士の強さに当てられていた志願者たちの内面の声もその表情に窺えた。
彼らの問いかけるような視線に、銀髪の男の後ろに下がっていた騎士が頷きで、是と応える。
途端に志願者たちの口から歓声が上がった。それは勝利の雄叫びだっただろう。立ち去り損ね、傍から成り行きを見守っていたシャオも彼らの勝利を確信していた。銀髪の男が動き出すまでは。
白銀の閃光がきらめいた。
まるで氷の息吹を吹きかけられたような瞬間だった。その零下の光の瞬きが動きを止めた時、我先にと剣を振り上げ飛びかかって行った男たちの勝利の姿はどこにもなかった。全員が地に伏していたのだ。
「次」
ただ一人、その場に立つ銀髪の男から淡々とした声が発せられる。だが、それに応じられる者はいなかった。凍り付いたように立ち尽くす群衆がいるだけだった。
コイツは一体・・・!?
龍も纏わず、甲冑も身に着けず、騎士でも何でもないはずなのにこれほどに強いとは。
銀色に輝く氷のような剣を握る男の姿を呆然と見つめるシャオの耳に、今度は甲高い叫び声が響いてきた。
「試験を中止しなさい!!」
凍てついた空気を割って入って来たのは女の声だった。
ドラゴンナイト招集の場という屈強な男たちだけで固められた空間に響いたそれは、シャオたちを我に返すのに十分だった。
「ドラゴンナイトの招集なんてすべきじゃないわ!今すぐ止めるのよ!」
近付いて来る声と共にその主が姿を現す。若い、まだ十代くらいの少女だ。
「なんだ?一体…」
「何で女がここにいるんだ?」
「試験を中止しろだと?一体何を言ってるんだ?」
握った剣の存在も忘れて、志願者たちの注目は一人の少女へと吸い寄せられて行く。少女は悪びれもせず、集中する視線に向けて声を張り上げた。
「言葉の通りよ!試験は行うべきじゃないわ。あなたたちもドラゴンナイトになるのは諦めるのよ!」
困惑も露に互いの顔を見合わす志願者たちの一人が、ふと何かに気付いたように少女を指差した。
「おい、あの衣服、あれは巫女の着るものじゃないか?」
少女が身に纏っているのは白い内衣の上に薄紫色の薄絹を重ね、さらにその上にまた薄紫色の長い長い外衣をはおるという異装だった。動きにくい上に重そうな格好は、確かに普通の生活を送る者が着る代物ではない。
巫女・・・?
だが、シャオの目は薄紫色の衣装よりも、その華奢な腕にはめられた無骨な木のブレスレットへ吸い寄せられた。そこに彫られた龍へと。
「そうよ。あたしは巫女よ。大事な予兆を告げる貴重な巫女よ。そのあたしが言うんだから、ちゃんと聞くのよ。ドラゴンナイトになるのは止めなさい!」
ドラゴンナイト出現を予兆するはずの巫女がドラゴンナイトになるのは止めろと言う。志願者たちは行き場を失ったように固まってしまった。
巫女は貴重な霊力を守るため、人目を避け王城の奥に匿われてるんじゃないのか?
だから姉のリーシャは里帰りも許されず、たった一人の弟に会うことすらもできないのだ。
それなのに、巫女だという少女は堂々と大勢の男たちの目に触れている。
少女の言動そのままに神聖な巫女にとってあり得ない状況のはずなのだが、周りに居る衛兵も騎士も何もしようとしない。見て見ぬふりをするような彼らの態度は、さらに場を混乱させた。
「ち」
舌打ちの音。銀髪の男だ。甲冑の騎士が慌てた様子で「申し訳ありません」と低頭する。
「昨日も一昨日もいらしてました。しばらく騒げば満足してお帰りになると思いますが」
「ほう。昨日も一昨日もあれを野放しにしてたという訳か」
銀髪の男の声が冷ややかさを増した。離れているシャオですら、甲冑の騎士が冷や汗を流しているのを感じられたくらいだ。
少女の声はどんどん大きくなっていく。
「あたしは意地悪したくてこんな事を言ってるんじゃないのよ。あなた達のために言ってるの。強くて勇気があって優しくて、龍神国のためになろうとする騎士の資質を持つあなた達に死んでほしくないから言ってるの!」
「…でも、龍神国の剣となり盾となって死ぬなら、本望ですよ」
志願者の一人がそう言うと、周囲からも一斉に同意の声が上がった。
すっかり場の主となった少女は、首を左右に振る。
「そういう意味じゃないわ。それだったら…ドラゴンナイトの本懐でしょうね。でもそうじゃなく成すべきことも成せないまま、剣にも盾にも成れず死んでしまうとしたら?」
「そ、それは、巫女様の予兆なんですか?」
志願者の一人がまた声を上げた。少女は頷き、
「ドラゴンナイト・ロセのことは知ってるでしょう?二ヶ月前に死んでしまった」
辺りが一斉に静まり返った。
ロセの名は、未だ癒えない龍神国の傷の名だ。
「どうして死んだのか教えてあげるわ。本当のことをあなた達は知らないでしょうからね。事故死なんて嘘よ」
少女の声が一際高くなった。周囲をつんざくほどに。
「殺されたのよ!ドラゴンナイト・ロセは殺されたの!!」
「お前たちが無意味な敬意で手を出せないというなら、私がどうにかするしかないな」
少女の絶叫の後にシャオの耳に届いたそれは、正に不吉な予兆そのものだった。
シャオの真横を真白い衣が滑るように流れて行った。
全身から警報が鳴り響く。なぜかはわからなかったが、シャオはそれを無視できなかった。
「あなた達も殺されてしまうかもしれないのよ!?ロセの二の舞になってもいいの?ドラゴンナイトの役目も果たせないまま、ただ殺されてしまってもいいの!?」
少女の訴えに騒めいていた人壁が、突如割れた。
そこから現れた白い上衣をまとった銀髪の男の姿を見た少女の顔が、引き攣れんばかりに歪む。
「ベルメザ…!あんた、居たの」
「大した演説だな。よくもそこまで下らない戯言を口にできる」
「戯言なんかじゃないわ!それはあんたが一番よく知ってるはずしょ!?」
少女は銀髪の男を指差し、叫んだ。
「コイツよ!コイツがロセを殺したの!ベルメザがドラゴンナイト・ロセを殺したのよ!!」
視線が自分に集中する中、ベルメザと呼ばれた銀髪の男はゆっくりと、しかし確実に少女へと近付いて行く。
「お前は大罪を二つも犯している。一つは最も優先されるべきドラゴンナイト有資格者の見極めの場を乱し、妨害したこと。もう一つは」
銀色の光が揺らめいた。
「ドラゴンナイトを侮辱したことだ」
剣が少女へと振り下ろされた。
あまりの速さに、それが少女を真っ二つに裂いてしまう凶器だとは誰も気付かなかっただろう。ただ光が冷ややかな線を描いたとしか認識できなかったはずだ。
凶剣の的となった少女が悲鳴を発っすることができたのは、振り下ろされたそれが剣の形に戻って止まったからだ。
ギイィィィイイン。
鋼と鋼がぶつかり合う音が響く。
銀色の髪の奥にある瞳が、見開かれる。
「お前は・・・?」
妨害者に視線を据えながら、ベルメザは一歩下がった。合わせるようにシャオも後ろに引く。
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