第二話 一次試験

 シャオの王都への道程は思いのほか快適だった。


 師範からほぼ無理矢理に渡された一級旅券の緑色の四角い紙片のおかげで、八頭引きの馬車の中では悠々とした座席を宛がわれ、休み所では一人部屋に特産自慢の豪勢な食事まで味わうことができた。


 それが片道切符でなければ何の文句もないところだっただろう。


 馬車を乗り継ぐこと五日。シャオはようやく王都に辿り着いた。


 降り立ったシャオを出迎えたのは空を飛び回る龍、龍、龍、猛る龍が描かれた龍神国の国旗、龍旗の群れだった。


 風になびくそれに呼応するように、王都は活気づいていた。

 それもそのはず。この国は今、新たなドラゴンナイトを迎え入れようとしているのだから。



 ここに姉さんがいるのか。



 波打つ旗の群れの向こうには、天高く聳える四つの塔に囲まれた王城が見える。


 王城はその名の通り王族の住まう御所であり、巫女が囲われている神聖な檻でもある。今回のドラゴンナイト出現を予兆したというリーシャもあの場所にいるはずだ。


 シャオは思い出す。腕を引かれ、馬車の中へと連れ込まれる姉の姿を。


 追い縋るシャオにリーシャは宥めるように、すぐに戻るから大人しくしてるのよ、と言ったのだっけ。


 シャオは息を吐いて、遠景の王城から目を離す。


 とりあえずドラゴンナイト志願者招集の場所へ向かうことにした。


 初めて王都に足を踏み入れたにも関わらず、シャオが道に迷うことはなかった。


 なぜなら、行く先々にドラゴンナイト志願者を目的地へと案内する札が立っており、それを補足するように赤帽子の衛兵が巡回していたからだ。


 一級旅券片手に左右をきょろきょろと見回す若くそれなりに体格も良いシャオは、地方からやって来たドラゴンナイト志願者と一目で看破されたのだろう。


 有無を言わさず背中を押され、気付けば屈強な男ばかりが連なる列に並ばされていた。


 前方からは怒声とそれを鎮めるような声が聞こえてくる。


 なるほど。これだけの人数の血気盛んな男たちが集まれば、諍いの一つや二つ起こってもおかしくない。そこここにいる衛兵たちは、それを抑える役目も果たしているのだろう。


「おい、とっとと進めよ」


 ふいに後ろから声をかけられた。


 振り返ると、ついさっき最後尾に立たされたはずのシャオの後ろにはいつの間にか長蛇の列ができていて、真後ろには、これまた血の気の有り余っていそうな若い男がこっちを睨み付けていた。


「え?」


「前空いてんだろ。早く進めよ」


 シャオは慌てて間隔を詰めた。短気なものだと思う。しかし、それが一時間二時間と続くと、さすがにシャオも苛立ってきた。


 列の先頭がどうなっているのか、どれくらい進んだのかわからないのも苛立ちに拍車をかけた。


 いっそ列から離れて空いた小腹を埋めに行こうか。おれがドラゴンナイトに選ばれる訳はないし、師範に言われたから仕方なく来ただけだ。幸い一級旅券はまだ有効で、飲み食いは自由なのだから。 


 そんな考えが何度か頭を掠めたが、結局シャオはいつ果てるとも知れない列に並び続けた。どうしてなのかよくわからないままに。


「あーあ、やっぱさくさくとはいかねぇかぁ」


 後ろの男も飽いたのか、ぼやき声が漏れ聞こえてくる。


「お前知ってるか?この列がどこに続いてるか」


 ついにはシャオの肩を叩き、話しかけてきた。シャオは渋々後ろを振り返る。


「さあ」


「王都の真ん中に龍の腹ていうだだっ広い広場があるんだよ。この列はそこに続いてるんだ」


「へえ」

 

 シャオのあまり気のない返事に構わず、男は話し続ける。せっかちなようだから、よほど退屈しているのだろう。


「それで、だ。そこでおれたちは試験をうけさせられるんだよ。大半のドラゴンナイト志願者はそこで落とされるのさ」


「よく知ってるな」


「まあな」


 と男は胸を反らせる。


「二年前にもドラゴンナイトの招集がかかっただろ。そん時にもおれは王都に駆け付けたんだよ。二年前はちょうど真夏だったから大変だったんだぜ。カンカン照りのなか半日以上並ばされてさ。干乾びて死ぬかと思ったぜ」


「二年前にも、ここに?」


 シャオはまじまじと自分と大して年の変わらなそうな男を見つめた。


 今ここで再び列の一員になっているということは、当然彼は試験に落ちたのだ。確か、二年前に新たにドラゴンナイトとなったのは、ロンだかロイだとかいう名前だったはずだ。


 男は大仰に頷いてみせた。


「おうよ。今日なんて全然マシだぜ。真夏でも真冬でもないんだからな。まあ、王都の冬は大したことねぇていうけど、とはいえ待たされるのは我慢ならねぇな」


「ドラゴンナイトの招集なんだから仕方ないんじゃないか。それで、試験て何するんだ?」


 あまり面倒なことを要求されなければいいなと思いつつ、シャオは尋ねる。


 二年前にもドラゴンナイトの試験を受けたという青年は当時を思い出したのか、むっつりと顔をしかめた。


「あの時はおれもまだ若かったし未熟だった。でも、今回はそうはいかねぇよ」


「はあ。で?試験の内容は?」


 しかめっ面の目が見開かれた。その口から、「お、そろそろだ」と零れたのと同時に、シャオの体が引っ張られた。


 衛兵によって移動させられた先は、また新たな列だった。この先は列数を増やして進んで行くらしい。


 見回すと、間隔を開けて左右に列が広がっている。十列くらいはあるだろうか。後ろを向いてお喋りしている間に開けた場所に出たらしい。


 そのお喋りの相手は違う列に並ばせられたようで、姿は見えない。結局、試験の内容を聞きそびれてしまった。


 しばらく進むと場の空気が変わってきた。それと同時に剣戟の音や掛声が聞こえ始めてくる。


「これからあなた方がドラゴンナイトの資格を有するにふさわしいか否かを判別するための試験を受けていただきます。どうぞ、これを」


 シャオを含め、列に並ぶ男たちを見回しながら赤帽子の衛兵が言う。どうぞと言われて渡されたのは剣だった。


 前方からは絶え間なく威勢のいい声や、剣と剣がぶつかり合う音が響いてくる。


 尋ねるまでもなかったのだ。


 龍神国を守る剣であり盾であり、最強の代名詞でもあるドラゴンナイトを選抜するのにテーブルマナーを試されたりするはずなどないのだから。


 渡された剣は真剣だった。道場でも滅多に使うことは許されなかった本物の剣だ。つまり、本当に人を切ることができる武器だ。


「本当にこれを使うんですか?」


 真剣の重みを感じながらシャオが尋ねると、衛兵は表情を変えずに言った。


「不満があるなら退場されても構いません」


 周囲から失笑が沸き起こる。


「ビビッてやがる」

「とんだ臆病者だ。何しにここに来たんだ?」


 嘲笑に耳を赤くしながら、シャオは内心舌打ちした。


 やれやれ、とんだことになったぞ。


 衛兵の言う通り剣を放り投げてこの場から立ち去ろうかと逡巡している内に、シャオの番が来てしまった。


 相対するのは甲冑姿の騎士だ。


 その胸には誇らしげに猛る龍の紋章が刻まれている。衛兵の赤帽子にも龍の爪が描かれていたが、その全容を身に纏っているとなると相当な位置にいる騎士に違いない。


 まさか、ドラゴンナイトか?


 シャオの目の端で隣の列に並ぶ男が、同じく甲冑姿の騎士に挑んで行くのが見えた。

 剣を振り上げたのも束の間、騎士の僅かな動きで男は地に崩れ落ちた。担架を担いだ衛兵が走り寄って来る。


 反対側を見れば、脇腹を押さえた挑戦者が騎士に背を向けびっこを引いている。


 剣戟の合間からは、絶え間ない苦痛の呻き声が漏れ流れ続けている。


 シャオの目の前に立つ騎士の足元に転がっていた巨体が、今運ばれていった。


 甲冑の騎士がシャオを手招きする。剣を握る手に汗が滲む。


 ドラゴンナイトの相手なんかできる訳ないじゃないか。


「早くしなさい」


 衛兵に促され、渋々シャオは足を前に踏み出した。


 元騎士だったという師範とは比べようにならない威圧感が、目の前の甲冑の騎士からは発せられている。

 その緊迫感に耐えられなくなったシャオは無我夢中で剣を振った。


 剣戟が響いたと思った瞬間には、シャオの手の中にあったはずの剣が消えていた。その衝撃でシャオが後ろにひっくり返ったのと、弾かれた剣がシャオの顔の真横に突き立ったのはほぼ同時だった。


 騎士はそれ以上シャオを攻撃してくることはなかった。


 試験の結果など聞かされるまでもない。火を見るよりも明らかなのは、シャオが一番よくわかっていた。


 担架に乗せられるよりはマシなはずだ。


 痛む心と体を何とか起こして、敗者らしく去ろうとするシャオの耳に長靴の音が響いた。


 















 



















 































 

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