一幕………二つ下の来客
春になれば、出会いと別れは来るもので入学からずっとお世話になっていた先輩方の後輩が入学してくる4月に、僕は一抹の不安と家の中への居づらさを
抱えて、春休みを過ごしていた。桜の花びらが絨毯になってコンクリートをおおって、店先に春色の絨毯を作っている中、父の手伝うオルゴール屋の店番をしながら、新歓で弾く曲の予習をしている。店の2階は家に繋がっているから、家の中なことに変わりはないけれど、家にいるより店番している方が捗る気がした。父曰く、オルゴールも曲が流れてた方が嬉しいだろうって許してもらっている。父はオルゴールを作るのに命をかけていて言うなればオルゴールに取り憑かれてるみたいな、そんな父を僕はいまいち尊敬できなかった。だけど、受験生になるんだからと厳しくなりつつある母親のいる家にいるよりはよかった。3年生という時期と、受験生という考えたくもないことに潰されて、現実逃避にギターを持つ手があまりにも重い。音楽が僕をここじゃない場所に連れ出してくれる。その音楽への入口をたたれるようで、どうにもやる気が出なかった。僕の腕では、音大に入るにも夢のまた夢というような具合でそろそろ踏ん切りはつけなくちゃいけないことが目に見えていた。このままだとやりきれないけど、そう夢を追ってもいられない年齢になってきたんだ。憂鬱だと考えながら、進路希望の紙を睨みつける。そのとき、
カランコロンコロンッと我に帰る音がした。店のドアのベルがなったみたいだ。
「…すみません…。オルゴールの修理を依頼したいのですが…」
「おっ…学生さんかい?そうだね。受け付けてるよ。まずはオルゴール見せてくれるかい?」
どうやら声の主は、学生らしい。まだ真新しいセーラー服に身を包んで、重そうな通学カバンから小さめの手回しオルゴールを出してきた。
店の奥からちらっと見るに、一年生か…あの制服は確か…
「こりゃ…年季入ってるね…。オルガニートか、いいもん持ってるね…」
「兄の愛用品なので、……今壊れてしまって、直せますか?」
「…そうだね…。直せないこともないけど時間かかるぞ〜?お客さん。高校はどこ?まだ忙しいでしょ、よければ近いところの店紹介するけど…」
「※やえさかの音楽科です。ここが、買ったところなので…。どうしてもここで直したいんです。」
「やえさか?…あぁっうちの響介と一緒じゃないか。うちは普通科だけど…響〜!!!後輩だぞ〜」
そうか、思い出した。うちの音楽科の女子制服だ。音楽科の制服は赤の3本線か…
「親父…。音楽科だぞ。普通科の僕とは関わりもないだろ‥」
「お前、軽音部じゃねーか。もしかしたら軽音入るかもしれないじゃん?」
「そんなむちゃくちゃな…」
そう言いながら、うちにきた物好きな後輩の顔を見てみる。
確かこの子……、どこかで見たような
「この子、吹部入ってるから、吹奏楽、うちの吹奏楽ブラスバンドもやるし…」
「…ご存じなんですか?」
「ごめんな…。僕は臣、軽音部の3年だ。この前の新入生演奏会に少し呼ばれててさ」
「よろしくお願いします臣先輩。私は、雪峰詩果です。吹奏楽では金管パート志望です。」
雪峰詩果と名乗った後輩は、髪を短く切り揃えていて小柄だった。ローファーもセーラー服も少しブカブカに見えた。サイズは合っているんだろうけど、ちゃんと食べてるのか?というくらい細かった。
「…あぁ…オルゴールだっけ?…親父こう見えて腕はいいから直ると思うよ。」
「…だといいんですけど、では次はいつごろですかね?」
「…うーん。とりあえず見てみるから、明後日ぐらい来れるかい?」
「平気です。では、失礼しました。」
そう言って帰る後ろ姿を見送りながら、新入生演奏会で聞いた個人演奏のことを思い出してた。
そういえば、曲名がわからないけど、あの子いい演奏していたんだよな。懐かしくて仕方ない温かい曲で…あの曲はなんていったんだろうか…。
「響、母さんがもう帰ってこいってさ。…ん?どうした…。後輩に会ってびびったか?」
「…いや、…なんでもないけど」
これが、詩果と初めて話した日だった。
このあとあんな事になるなんて、この時はまだ予想もしていなかったけど、
思えばあの事件に首を突っ込むのは僕にとっても大事な事だったのかもしれない。
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