第14話

 滝が流れ落ちる音を、遠くに聞こえてくる位置にて釣り糸を垂らす。

 たまには、こうやって時間を無駄使いするぐらいが丁度いい。


 せせらぎの音や木々がゆれる音、さえずる鳥の鳴き声などなど、ゆったりと時間が過ぎていくのを感じる。


 ほんのりと気持ちの良い風が吹き流れては、眠気をつれだってきそうである。


 そうして、この地に恵みをもたらす存在の源流にて、お腰につけた水袋ならず酒袋で喉を潤す。



 これぞスローライフという奴であろう。




 それにしても、先ほどからアタリというアタリがこっち・・・にこない。


 わざわざ人っ気が少ない、山岳の森林地区、その奥底にまで足を運んび、人影などの警戒心をもたれないように、すこし隠れた場所へと、そんな場所に案内されては行っている。



「……こりゃぁ坊主確定か」



 そうつぶやいた途端、となりでは竿を立てる存在がひとつ。


「そうなんですね。あ、また来ました」

「……なんでお前さんばかりアタリが来るんだよ」



 残念美人がなぜかついてきていた。


 数か月に一回は、素材交換という恰好で、菓子やらを持っては交換した帰りに、帰りに釣りをしてやるかと、持参していた釣竿に興味を持たれ、そのまま予備を渡しては釣りに参加していた。


 エサは、酒のつまみとなるモノを少々。


 軽い木くずを浮き代わりにつけては、じーっと耐えてはいるのだが、お隣の残念美人の方は、入れるたびにアタリがくる始末である。



「……場所、変えてくるわ」

「では、わたしはもうしばらくここで……また来ました!これは楽しいですね!」

「……(嫌味か)」



 楽しんでいる相手に水を差す言葉を飲み込み、そそくさと場所を変える。

 今度はすこし流れが荒れている箇所をポイントに、さっそく釣り糸を垂らす。


 垂らす。


 垂らす……



「……こねぇ、いや、これは忍耐の問題だ。そうに違いない」



 呼吸を落ち着かせ、酒袋から酒を煽り、つまみとしていた干し肉をかじる。

 そうして、自然と一体となるぐらいに、目を閉じ無心になる。


 竿の感触は、手に全集中。

 竿が自分の腕の様に、世界が自分であり、自分が世界であるかの様に……




 ……



「あ、引いてますよ?」

「……なぬっ!?」



 その言葉を聞いて目を見開いては、浮きが沈み込んでいるアタリを目にする。

 手に感触がまったくなかったが?という疑問を他所に、本日、初アタリに焦りを興じたが、そこは冷静になる。



「……引きが強い、大物か?!」



 こういうのは、相手を疲れさせるなりが重要である。

 根負けせずに、相手の動きに合わせて引くタイミングを見計らうのが重要。


 力任せは断じて否。

 これは、水面下の奴との死闘なのである!




 そうして、数十分の死闘の結果、ゆるみを感じた瞬間に一気に引き上げる!

 水面からあらわになった相手は



 いや、相手……なのか?

 この草みたいなのは



「……水草?にしては、なんか作られた形の様な」

「すいません、かえしていただけないですか?」


 水面からは、人の顔らしき物が……


「……お、おぅ」



 言われるがままに釣り針からソレを取り外しては、相手の顔付近に投げ入れる。

 そうすると、水面下へと消えたかと思えば、突如として隣に現れた。



 上半身は先ほどの水草の水着みたいなのを着用し、下半身がうろこと魚の尾ひれがあり……えーっと、マーメイドという奴か?



「何をしてくるんですか、衣服をはぎ取るとか!」

「……はい?いや、ワシはそんな気はサラサラ無いのだが」

「へー、そういう趣味があったんですか。これはもうその分を差し引いても、私の勝ちでいいですよね?」

「……ぐっ、うぬぬ」



 といいながら、にやけた顔をしている残念美人。

 そりゃぁ、ただ二人で釣りをするのも何だかという事で、釣果勝負をしようと話をしていた。


 こっちは菓子を、あっちは素材を余計に渡すという事で。

 というか今まさに、こいつは勝利を確定した顔をしてやがる……


 だが、言い出しっぺのコッチの言い分としてはこのまま負けを認めるわけには……


 いや、これはこのマーメイドを釣り上げたという事で、重さ(どこからか鋭い視線を感じたが)で勝負をすれば……



「ちゃんと天使様の針に魚をひっかけてたじゃないですか、それなのに服までもとか」


 ……ん?


「……ん?ちょっと待て、今なんつった?何やらされてたんだ?」

「えっ?天使様のご依頼で、針に魚をひっかける仕事をして、もう一つは邪魔してほしいと」

「……ほぅ、ほぅ、ほぅ?」



 錆びた金属軸の様に、ギギギといった感じで残念美人の方を振りけば、そこには先ほどまでいたその存在がいなくなっていた。




 あいつ、逃げやがった!!



「……ふっざけんな!イカサマじゃねぇか!!」




 そんな怒鳴り声だけが、森の中にむなしく響き渡っていた。


 マーメイドさんには申し訳ないという事で、釣り上げた魚をすべて返却して、お菓子を差し上げて、謝罪をいれておいた。



 というか、あいつ、ほんとうに残念すぎじゃねぇか……


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