第11話

 ようやく解放された春の季節。


 せしめた高級酒は、作業中の気付け薬としては十全な役割を果たしたのちに、一滴も残ることなく無くなった。


 秘蔵としていたものも、いつのまにやら残り少なくなってもいた。


 これは如何ともし難い事態であると、アイツらに横やりを大量に放り込まれる前に旅支度を早急に済ませては、朝一番の領都行きの船に飛び乗る。


 この街の下流に存在する、内海に面した港町の領都。


 この街で収穫された農作物は河川舟運かせんしゅううんによって領都に運ばれ、その後、各地へと運ばれていく。


 水運というのは、それほどにまで物資を運ぶのには役に立つ。


 現に、下流に向かうには基本は帆船となり、上流に向かうには、それに加えて使役されたでっかい水竜(どうみても和邇ワニ)によって曳航されては登っていくという感じである。


 急流という訳でもなく、緩やかな流れの河川であり、川幅も広いからこそ出来る芸当という奴であろうか。


 今回においては、一般的な帆船にはなるが今日中には領都に到着する事ができる、お値段も普通である。



 さて、船旅というのは良いものであるのだ。


 なんというか、作り手の、乗り手の、操り手の、船に携わった男たちのロマンを感じる代物だ。


 こういう代物を楽しむには絶好の機会であろうと、そう思っていた。




 斥候姿の魔族の奴が乗り込んでくるまでは。



「……何でお前が乗ってくんだよ」

「ドワーフのおっちゃん、そりゃぁねぇぜ?オレらも仕事の依頼で乗るんだからよ、なぁ?」

「ああ」「そうだな」「そうそう」「どうも、おはようございます」



 恋愛敗者魔族の一行というか、まぁ、この魔族以外は比較的真面とでもいうか。

 前衛系に遊撃系、魔法系に回復系と妙にバランスが取れている一行である。



「ま、俺が乗ったからには、安心していいぜ?」

「……この前の失恋話みたいな、泥船轟沈じゃないだろうな?」

「なっ、こんどの道具屋のラニエルちゃんはうまくいってるって言ってるだろ?」

「……ほぅ、それは進歩したってもんだな」

「ふふん、俺も失敗から学ぶってもんなんだぜ?」

「……みたいだな」



 胸張って立派に言ってくるアホを余所に、一行に"どうなんだ?"という視線を投げかければ、全員が一斉に視線を逸らしてきた。



 そして、それが"全てである"と察する。



「……ま、頑張れや、応援してやるよ」

「おうさ!吉報をまってろよ!!」



 コイツの事は、まぁいいか。

 そうして、船旅が始まった。






 出発してから数十分。

 何事もなくというわけでもなく、


「2時方向、距離150」


 魔族の奴から言葉が放たれると、風きり音とともに矢弾が飛んで行っては、何かに命中するのが見える。


「次、12時、距離400、続いて1時方向、距離350」


 今度は、そういう声と共に、舵もきられつつも魔法の矢がその相手へと飛んでいき、遠くで爆発が発生している。



「次は……無し、どうやらお見合い場・・・・・は過ぎたようだぜ」



 あのアホの斥候の能力は満更でもないというか、精度が高すぎなのをまざまざと見せつけてくれる。

 それに対応してこなしてくる一行メンバーもメンバーだが。



「やっぱ春先なのか、繁殖のために縄張りから離れて移動してるようだわ」

「やはりか、なら、続けてたのむぞ?今回の荷は急ぎなのでな」

「おうさ、まかされとけ」



 自信満々に返す斥候。

 一行のリーダーというべき存在らしいが、いつもバカをしてる姿からは想像つかないぐらいに、頼りになっている。


 ちなみに、相手は川の魔物とでもいうべき、飛捕食魚ともいうべき大きめの存在。

 繁殖期でもなければ、縄張りから出てくることがまずない魔物だが、今の時期は時期なためか縄張りから出ているらしい。


 船頭に関しては、その分布位置を把握しているのが前提なので、こういった予想外としての存在に対する場合、組合ギルド員に頼む事があるのだが……



「お、次10時……は、こっちこねぇわ、進路このままでもいいぜ」

「了解」



 ついには、船頭みたいな事をおっぱじめやがった。


 まぁ、三バカの一人のアイツが、その道では凄いとは知ってはいたが、その姿を直に見ていないために眉唾と思っていたが……

 いつものバカやってる言動とは裏腹に、現在の有能度がすごすぎて感心する。


 というか、今の状態を維持できてたら、モテるんじゃねえのか?



「リーダー、こういう時"は"頼りになるんだが」

「ほんとほんと」

「まぁ、日常が日常なだけどね」

「それな」

「……なぁ、ふと思ったんだが、この状況の方がモテるんじゃねぇか?」



 一行に混ざっては、ふと思った事を口に出してしまう。



「それは、そうだとは思うが」

「頼れる存在って感じで、確かにそうなんですが」

「仕事が無いときの弛み切った地がねぇ」

「ほんと、それ。落差が激しすぎる」

「はぁ?何言ってんだ?俺は何時でも何処でもカッコいいだろ?」

「……言ってろ」


 そういってきたアホは、決めポーズをしては白い歯をキラリと光らせたような……うむ、気のせいだな。

 そもそも、外野の雑談にまで耳を澄ましてるんじゃねぇよ、仕事してろ、仕事。



 それとな、その恋愛敗者リーダーが率いる一行のチーム名が、「ヴァナディース愛の女神」というのは、皮肉か何かか?と思わない事もないんだが?

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