第14話 アリサマリサ

 メジャーの制約は受けないと公言して、大手音楽プロダクションの誘いを蹴ったと噂されているアリサマリサ。彼らは、ライブハウスを中心にカルト的人気を誇る、硬派なロックバンドだ。


 その実力は折り紙つきで、最近では都心で有名な、いくつかのライブハウスのチケットもすべてソールドアウトとなった。


 このシークレットライブは、原点に戻り、バンドメンバーそれぞれの出身地で行われるという。

 このライブハウスが選ばれた理由は、この街がベースのクロイの出身地ということに他ならない。


 会場に入ると思ったよりも小さなステージで、客席の椅子は無く、立ち見の状態だった。しばらくの間、オレたちはあちこちを見回し、その雰囲気に胸を高鳴らせていた。


 シークレットとはいうものの、一部の熱狂的ファンがどこかで情報を嗅ぎ付けて、会場は熱気の渦に包まれ、今か今かとその登場を心待ちにしている。


 注意事項のアナウンスが終わり、会場に流れていたBGMが消えると、客席の照明が落とされた。


 一瞬、息をのむような静寂せいじゃくが訪れ、すぐに大きな歓声に包まれた。

 まもなく独特なギターのリフが暗闇の中に響き渡ると、その歓声がひと際大きくなる。

 さらに重厚なベース音と、繊細なドラムが重なっていく。

 次の瞬間、ドンッ! という爆発音でステージが真っ白に照らされた。


 もはや地鳴りのような大歓声が、その空間を震わせる。


 ジェイスは魚のうろこのように光る銀色のレスポールギターをかき鳴らし、マイクを握るナガミの腕には、薔薇のつたに絡みついた蛇が刻まれている。


 この街出身のベースのクロイは銀髪を逆立て、ニヒルな笑いを浮かべる唇の端には、ぶっといピアスが鈍い光を放つ。髪を振り乱しスティックを操るユウマは、一切の無駄を削ぎ落したしなやかな身体つきで、マシーンのようにリズムを刻む。


 ナガミの歌声をのせたビートは、転がる岩のように加速していった。


 ユートピアで

 落とした鏡

 ひび割れたかけらに

 映しだされたディストピア


 満月の夜に

 星降る丘で

 約束をかわした黒猫

 闇夜に震えて雨宿り


 誰のためのテンダネス

 作り笑いの抜け殻たち


 止まれ! ばかりの標識に

 夢を喰うことも忘れ

 出口の見えないトンネルに

 走ることも諦め眠りにつく


 傷付かないようロンリネス

 偽りに染まる白い夜


 今にも壊れそうな

 こんな薄っぺらい

 プラスティックな夜には

 

 お前がそばに居てくれ

 お前がそばに居てくれ


 ナガミがマイクを突き出し、叫ぶ。


「もっとだ、もっと! 聞こえねぇよ!」


 ギラギラした瞳をカッと見開き、オーディエンスをあおる。


 観客たちは曲に合わせて飛び跳ね、ナガミの突き出したマイクに向けて、ウォウ、ウォーと声を振り絞る。


 そのうねるような観客の波の上を、一人の男がゴロゴロと転がり、ステージの前方へと押し出される。ステージの前に立ちはだかるスタッフがそれを食い止めようと、必死に男を押さえつける。男はそれでも制止を振り切るように、ステージに向かってなんとか手を伸ばした。

 

「お前、いいねぇ!」


 ナガミが笑い、その伸ばした手のひらにタッチしてやると、男は満足したようにすぐさま力尽き、波にもまれて消えていった。


 それをきっかけに、次から次へとダイブする者たちが後を絶たない。


 何曲か歌い上げたナガミも、ついにステージから前列の観客に向かってダイブした。縦に揺れていたその波がナガミに引き寄せられ、一点に集中して盛り上がる。


 沸騰した波の上で、ナガミは人差し指を天に向けて声を張り上げ、観客たちはもみくちゃになりながらも、それぞれの人差し指をナガミに向かって突き出す。


 閃光と爆音が弾け飛ぶハコの中で、小さな孤独がぶつかり合う。リズムに貫かれた身体が跳ね、それぞれの自由に向かって眩い光に手を伸ばす。

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