二十九、愛の大ゲンカ

 ライブは今までにないほど、異様なものになった。ステージしもて(客から見て左側)のオカリナは、俺がノイズをぶっぱなして、その前でフロントの海子&ラフレスさんの発狂デュオがマイクに絶叫し、それでもうららのピアノとズールのギターのおかげで、わずかにメロディがあり、かすかに音楽のなごりのようなものが感じられた。雄二のドラムも、マシンガンばかりでなく、たまにリズムも入れるので、なおさらだった。

 そうやって俺たちが、曲りなりにもミュージックもどきをやっている向かいの、かみて(客から見て右側)で、高塚率いるトルペドがただ物を床にたたきつけたりしてぶっ壊しては、客に投げつけて暴れているという、シュールきわまる光景が展開された。


 客はこれまでになく大盛りあがりだが、やはり困ったことがおきた。客がトルペドだけでなく、うちにも机やらドラム缶やらを投げつけてきたのだ。こっちはいちおう「音楽」を「演奏」している状態だから、手がふさがっている。ボーカル二人とギターのズールはまだ逃げられるが、座ってノイズを出す俺は、よけるのがけっこうしんどい。ドラムの雄二とピアノのうららはもっと大変で、よけきれず、顔にもろに当たって「ぶはーっ!」となったまま弾いている。いくら本当はケーキだといっても、強く当たるとそれなりに痛いから、こんなのはライブのさまたげ以外のなにものでもない。

 モーターヘッドのベーシスト、故レミーさんの気持ちがよくわかる。イギリスのパンクがかったメタルというか、ヘビーロックの伝説的バンドだったが、トリオ編成で全員楽器を弾いているのに、客が暴れてダイビングしたりするので、やってるほうは危なくてしょうがなかったという。



「こらっ、そういうのを卑怯というんだぞ!」

 ラフレスさんが怒り、ものを客に投げ返す役にまわってくれたので、ありがたかった。海子も叫びながら時おりぶん投げてくれたが、こうなるとライブというより、みんなでガキのようにものを投げあって遊んでるというか、ほぼ祭りである。雄二のドラムはおはやしのタイコで、積まれた机とドラム缶の山は、担ぎあげて揺さぶるみこしだ。


 しばらくしてテンポがスローになり、重厚なノイズを垂れ流すようになると、俺らのライブでいつもなるような、怒とうの宇宙空間が現出した。それに、破壊を続けるトルペドの集団舞踏のような動きが加わって、徐々に時間が止まっていくように思えた。飛び散るガラスや木、鉄材の破片が、まるで無重力を浮かぶように、すいすいと虚空を行き来する。

 もう誰もわめくものはなく、俺たちも客たちも、ただ恍惚となってきた。


 高塚たちも、投げるのをやめてマイクを持ち、天へ向かって甲高く叫んだりした。うらみだの怒りだのという負の感情などみじんも感じられない、もっと神秘的で、素晴らしく大きなところへ行くような、突き抜けた叫びだった。海子の声と同じだ。

 俺は感動した。

(なんだ、あんな人を監禁して脅すだけのひでえライブやったり、爆弾で死んだりしたくせに、本当は俺らと変わりなかったんじゃないか……)

 やることはちがっても、行く先は同じだったのだ。思わずわくわくする広大な未知の世界。それを見るために、こうして、傍目にはいかにもバカげたことを、嬉々としてすすんでやるのだ。



 だが、やはりライバル。三十分のバトルもあと五分をきり、そろそろ決着をつけねばならない。高塚はなんとブルドーザーに乗ってステージに登場し、天井まで積みあげたドラム缶の山を相手に、今までにない派手な破壊をせんともくろんでいる。

 それに圧倒されている俺に、海子が耳打ちした。

「ここはやっぱり、あれしかないんじゃない?」

「そうだな、やっぱ、あれだな」


 みんなに言ってまわると、全員が同意し、ただちに演奏を開始した。曲はオカリナ唯一のヒット曲、「のっぺらぼう」で、うららが加わって三人ボーカルになった。彼女は自分がカバーしたようにメロディつきで歌ったが、海子はやはり歌わずガナりと絶叫で、歌詞の分からないラフレスさんは、ただ合いの手で「わひょー」「ぎゃほー」とわめくだけだった。

 だが、トルペドだけでなく、オカリナのファンでもある客も多く、いつしかホールじゅう大合唱になった。高塚も負けじとドラム缶をブルのアームで潰しまくったが、俺たちの出す轟音ノイズにあわさり、ただの伴奏みたいになってしまった。



「のっぺらぼう」

作詞 風祭海子

作曲 オカリナ・カナリヤ


体を奪われ 心を奪われ

生きた証はおろか死まで奪われ、

この世とあの世のはざ間で、のっぺらぼう


だけど、のっぺらぼうにしか

見えないものがある

聞こえない音が 声がある

そして言えない言葉がある


目もない 耳もない 口もない

その無限の虚無から

お前の視線で、すべてをぶちぬき

お前の言葉を吐きちらせ!



 その扇情的な歌詞には、やはり会場全体が盛りあがらざるを得ない何かがあった。いつしか俺らと観客は一体になり、俺らは音を出すのをやめて、横並びで歌っていた。ズール、雄二、うらら、海子、俺。

 向かいの客たちの歌声と一緒くたになり、神の声のようにホールじゅうにこだました。「お前の言葉を吐きちらせ!」の連呼で、うららは泣いていた。破壊をやめ、ブルから降りた高塚は、腕組みして俺らを眺め、苦笑していた。べつに悔しそうでもなく、妙な余裕がにじみ出た笑いだった。


 歌が終わると、嵐のような拍手がおきた。トルペドのメンバーたちも手をたたき、高塚すら手を交互にあわせ、ゆっくりと男たたきしていた。なにか、言いようのない嬉しさがこみあげた。

 なんだかんだ言って、俺はあいつに対抗意識があったのだろう。



 だが拍手が終わると、奴は「まだ一分あるぞ!」と、ドラム缶をこっちへ放り投げてきた。再びガキのような投げつけあいが始まり、俺も足元に転がっている椅子をつかもうとすると、後ろから肩をたたかれた。黒いローブに身をつつむ魔法使いっぽい奴が、「これをどうぞ」と机を押して渡した。

 俺は「おう、すまんな」と持ちあげ、目の前の高塚に投げつけようとしたが、いきなりくるりと後ろを向き、今これを渡した黒づくめ野郎に、そいつを思い切りぶつけた。奴はひっくり返り、顔を押さえてのたうちまわり、絶叫した。

「ぎゃあああ――! いてえええ――!」

 フードがめくれ、顔があらわになると、俺はそいつを指さした。

「やっぱりてめえか! 本物の机なんぞ渡しやがって!」


「な、なんで分かった?!」

 ひたいから流血しながらそいつが言うので、めんどうだが教えてやった。

「鼻だけ見えてたぞ。そのピアスだけは忘れねえ。あのトカゲ野郎だ! おおかた、獄中の国防大臣にでも頼まれて、高塚を暗殺しに来たんだろうよ」

「な、なんだよ、敵なんじゃねえのかよ!」と涙目でわめく鼻ピアス。「本物の机で奴が死んだら、勝てて嬉しいはずだろ!」

「ああ、敵だ。だから、音楽で勝つ」と鼻ピアスを指して叫ぶ。「それ以外のバカで勝つつもりはねえ!」

「ち、ちくしょう!」



 その後ろから、同じく黒ローブ姿の奴が三人来て、「マツキチ、バレたのか?!」などとあわてている。バンドメンバーたちだろう。

 リーダーのマツキチは、三人になにやら言うと、こっちを向いて杖を出した。

「あっ、まずい! みんな逃げろ!」

 俺が叫ぶと同時に、「モジカル・バケール!」の声がして、奴ら全員が懐かしの巨大化け物に変身した。右から形容しようのない宇宙怪獣、巨大カエル、大蛇、そしてリーダーのマツキチふんする巨大トカゲ。これがロックバンド、オッド・スペースモンスター・フロッグ・スネーク・リザードの面々である。もちろん、これが本体ってわけではなく、ただのルーツの人間がモジって変身しただけだが。

 その十メートルを越すあまりの巨体は、パロロの天井を突き破り、屋根をなくした。壁に穴どころの話ではない。これで完璧に未来永劫、出入り禁止である。


 だが、それと同時に、向かいから幅一メートルのぶっとい丸太の束がズーンと伸びてきて、奴らの顔面をぶったたき、のした。

 近衛兵の警棒だった。

「器物破壊で逮捕する!」

 なにか起きると予感していた店長が、店の裏に近衛たちを待機させていたのだった。しかし、天使が来ようが爆弾を出そうが、店が破壊されない限り警察を呼ばなかったのは、正直どうかと思う。



 とにかく、またもトカゲ連中は逮捕され、明るい星空の下、ステージで対峙する俺たちと高塚たちを前に、完全に名司会者と化したラフレスさんが、マイクでほえた。

「これより、対決ライブの結果を発表する!」


 拍手と歓声がやむと、結果が書かれた紙を取り出して読む。

「ヒューマン・トルペドスの、客の『よかったです』数(すう)は――二十三!」

 ぱらぱらと拍手がおき、続いて俺らのバンドに移る。

「次に、オカリナ・カナリヤの『よかったです』数は――」

 いったんため、ホールに緊張が走る。彼女はまわりを見わたし、思い切りよく叫ぶ。

「二十五!」


 さっきを上回る拍手喝采がおき、俺たちの勝利が決まった。といっても、わずかな差であるが。やはり、最後ののっぺらぼうが効いたのだろう。俺も海子も歓声をあげ、うららと雄二はにこにこと手を叩き、ズールはガッツポーズした。


 すると、ラフレスさんが雄二のところへきた。その目は妙にうるんで見え、口元もゆるんでいる。俺が見たことのない、慈愛にあふれた表情だった。

「雄二よ、すぐチャチャリーナがここへ来る。君のことをキライとか、うぜえとか、とにかくひどいことを言うはずだから、君も同じように嫌がって、ひどいことを言い返してくれ」

「ええっ、どういうことですか?!」と、あたりまえだが驚く雄二。「というか、爆弾のほうは、どうなったんですか?」

「いや、じつはな……」


 バツ悪そうに目を閉じ、頭をかくラフレスさん。

「チャチャリーナのやつ、下界で人間とデキると自分が消滅し、人間も死ぬ、ということを、さっきまで知らなかったのだ。前に私がきっちり教えたはずなんだが、あのそこつな性格だ。聞いて数秒で忘れたらしい。

 さっき上の控え室で教えると、かなりショックを受けていた。奴は雄二と今度こそ結婚しようと本気で思っていたらしい」

「チャ、チャチャが……そんな……」


 顔をまっかにしてうつむく雄二の右肩に手をおき、優しく見つめる天使さま。

「結ばれるのは無理だが、たがいの愛を確かめあうことは、できる」

「でも、告ったら死ぬんでしょう?」

「形式上、告っていないことにすれば、愛しあうことは可能だ。言葉では嫌いあい、しかしその本当の意味は、その真逆である、とお互いがわかっていれば、いくら告っても死ぬことはない」

「ああ、それで、キライとかうぜえとか言いあえ、と……」

 俺が言うと、天使さまはうなずいた。

「やはり、あいつはコクーンに戻らねばならん」と雄二を向く。「つらいだろうが、きっとまた会える。いや、私が会えるようにする、かならず」


 力強い言葉に、雄二は目をうるませたが、まだ腑に落ちないことがあるようだった。

「で、でも、こんなにいろいろやっちゃって、チャチャは戻っても大丈夫なんですか?」

「天使は、ほんらい不祥事など起こさないもので、このような例外は、ほとんどない。過去の例だと、神の裁きがくだったそうだが、記録では、天使全員が一丸となって祈った結果、許しをいただけた、とある。今回も、それにならうつもりだ」

「そ、そこまで……」

 雄二は感激したようだが、俺も驚いた。てっきり裁判でもやって、罰を与えたりするのかと思っていたからだ。だが、天使さまたちは、まさに本当に天使さまたちだったのである。

 これまでに見たことのない、凛とした表情で言うラフレスさん。

「たとえ、どんなにはた迷惑でも、できそこないでも、天使にはひとりでも欠けてほしくない。それが、我々みんなの願いなのだ。

 ……あ、来たぞ」



 アイドル衣装で歩いてきたチャチャリーナは、雄二の前に立つと、泣きそうな目で見つめた。雄二も、今にも壊れそうな顔をぐっとこらえて見つめ、手を差し出した。チャチャも細い手を出し、くっと握った。

「チャチャ、雄二のこと、だいっキライなの」と、にっこりとほほえむ。

 雄二も苦笑しながら、かたく握る手を振って言う。

「ぼくもチャチャのこと、めちゃくちゃキライなんだ」

「チャチャも、雄二と、ずーっといつまでも、いつまでも、一緒にいたくないの。ぜんぜん愛してないの。ばーか、しね、なの」

「ぼくだって、いつもいつもチャチャのことばかりを、まったく考えてないんだ。うざー。うんこ。サイテー」

 あまりにしょうもない罵倒の応酬に、なにかおかしくなったようで、二人はあはははと笑った。



 うしろからラフレスさんが、チャチャを「時間だぞ」とつついた。後ろに、いつのまにか小さな気球があって、アイスクリームの頭のような丸い風船から、数本のヒモでつってあるカゴに、天使ふたりが乗りこんだ。

 雄二がふいにせきをきったようにボロボロ泣きだし、俺はいたたまれなくなって駆け寄った。だが彼は涙をふき、同じく泣きぬれるチャチャに手をふった。


 気球は浮きあがり、ラフレスさんが「では、世話になったな」とあいさつした。雄二は泣きながら手をふり、どんどん離れていくチャチャも、指で涙をぬぐいながら手をふりかえす。そのどちらも、夜の闇をまばゆく照らすほどに美しい笑顔だった。


「さようならー!」と叫ぶチャチャ。「チャチャ、雄二のこと、なにも好きじゃないのおー! もう二度と会いたくないのおー!」

「チャチャああー!」と答える雄二。「僕も、君がぜんぜんまったく好きじゃないよおおー! またいつか会えなくても、まったくなーんもかまわないよおおー!」


 ついに二人の声は絶叫になった。小さくなる気球に向かい、あらん限り叫ぶ雄二。

「チャチャあああ――! 君がだいっきらいだあああ――! きらいだあああ――! きらいだあああ――!」

「雄二いいい――! きらいなのおおお――! だいだいだああいきらいなのおおお――!」

 チャチャの叫びは、気球がぽつんと小さくなり、点になって消えるまで夜空にこだまし続けた。

 完全に見えなくなっても、雄二は床に両手をつき、滝のように落涙しながら「きらいだ……きらいだ……」とつぶやいていた。



 俺は、やっとうしろから声をかけた。

「……もう、好きって言っていいぞ?」


 だが彼はあぐらをかき、またたく星にあふれる空を見あげた。そして、こっちを見た。もう泣いてはいなかった。りんとした勇者の顔だった。

「決めたよ」

 うっすら笑みさえ浮かべて言う。

「いつか、この手で彼女を取り戻す。その方法を見つける。それが次の目標だ」

 作家になる夢はかなった。次の夢ができたわけだ。

 俺もほほえんで言った。

「たぶん向こうも、同じことを思ってるさ」


「で、またなんかしでかすわけだな!」

 ズールがふいによけいなことを言ったが、雄二はぶーっと吹き出した。

 緊張がとけ、その場のみんながゲラゲラ笑った。


 ふと高塚はどうしたかと思ったが、とうに楽屋に戻ったようで、いなかった。

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