二十八、せっかくケーキ用意したのにロウソク忘れた(疾風篇)
だが、そこへひとつの叫びが空を切り裂いた。ホールいっぱいに響き渡るそれは、またも聞き覚えがある女の金切り声。
「ぐぎゃあああ――ー! ぎょはあああ――!」
みんながいっせいに見れば、背に小さな羽根をつけた幼い少女にしか見えないものが、ステージ脇から出てきて、握り締めるマイクに絶叫かましているのだった。
「ラフレスさん?!」
「みんな、遅れてすまんな」
オカリナのメンバーの叫びに、手をふって答え、前方をにらむ俺たちの担当天使、ラフレスさん。その目線にあるのは、崩れたドラム缶の丘にちょこんと座る、高塚愛音の担当天使である。奴は三つの爆弾を抱え、ラフレスさんにむくれ顔を向けている。
「チャチャリーナ……」
怒りをこめた、低く押し殺した声で言うラフレスさん。
「今日という今日は、もう……許す(コケる俺たち)。戻ってこい。なにも、おとがめなしだ」
そして、いきなり輝く笑みと、きらきらの目でやさしく見つめるので、かえってわざとらしいが、相手はアホだから大丈夫だろう。
だが、敵はちがう意味のアホを備えていて、さらにむくれた。
「ぶうー、遊んでると怒られて、まじめに仕事すると、やっぱり怒られるのぉ。ぶりっこ差別なのぉ」
「ヤパナジを消滅させるのが仕事かっ!」 と、やっぱり怒ったのぉ。
「この愛音ちゃんは、」
「愛音ちゃん、言うなああ!」と愛音ちゃん。
「愛音ちゃん・ちゃんは、この世界を支配したがっててぇ、その夢をかなえるのが天使の役目なのぉ。だからこの爆弾でドッカーン、もう誰も文句いわないのぉ」
「そういうことじゃない!」と天使の上司。「だいたい、原爆だの水爆だの言っているが、そんなものは、この世界にはない!」
「えっ、じゃあ、あの爆弾は……?」
俺が聞くと、ラフレスさんは、敵の抱える玉を指した。
「まず、原爆と言っているやつだが、あれには犬しか入っていない。あけたら、赤犬が出てきて、チンチンするだけだ」
「なーんだ」と、うらら。ほっとする俺たち。
「次に、その隣の水爆だが、あれも猫しか入っていない。割ると三毛猫(みけねこ)が出てきて、のんきに手で顔を洗うだけだ」
その場から笑いが起きた。なごむ俺たち。
「で、最後の中性子爆弾だが、あれを割ると――」
と、さらになごませる天使さま。
「全宇宙が、消滅する!」
「えええええ――っ?!」
顔色が変わる客と俺たち。
いきなり、ひどいじゃねえか! てか、ひどすぎだろ!
最後の中性子爆弾――いまや宇宙破壊爆弾である――をひとつ胸に抱え、チャチャリーナが言う。
「話によったら、これをフレちゃんにあげてもいいの」
「フレちゃんと言うな、と……」と、不機嫌そうなラフレスさん。「まあいい、なんだ、その話というのは」
「チャチャ、雄二の愛がほしいの。有栖川雄二がチャチャを愛してる、と言ってくれたら、これあげるの」
「わかった!」
雄二が進み出ようとするので、「待てえええ!」とオカリナメンバー全員+ラフレスさんが彼に飛びかかった。
「やめてくれ、それだけはやめてくれ!」
俺が泣きながら口を鼻ごとおさえると、雄二は白目むいて「むがあああ――!」とうめいた。
「そうか、やめてくれるか!」
「いや、窒息すっから!」と俺を引きはがすズール。「ここで殺して、どうする!」
「みんなで、チャチャと雄二の愛を妨害するのぉ」と眉を吊り上げるチャチャリーナ。「人の恋路を邪魔するやつは、馬肉にして食うのぉ。おいしいのぉ」
なんか間違ったことを言い、立ちあがると、爆弾を左脇にはさんで左腕で抱えながら、右手で高塚を指さす。おいおい、落とすなよ。
「せっかくライブに来たんだから、こうするのぉ。このヒューマン・トルネードと、」
「トルペドスだ!」と高塚。
「これと、そっちの『お母ちゃん金物どこや』でライブして、そっちが勝ったら、この爆弾あげるの」
「おもしろい。いいだろう」
ラフレスさんの物言いに、俺はあわてた。
「ちょっと、そんな勝手な」
「洗濯の、いや、選択の余地はないぞ。宇宙の危機なのだ」
そもそも、あんな危すぎるもんを、あんな危なすぎる奴が簡単に入手できるのが、おかしいでしょ。
などとグチってる場合ではない。
俺はメンバーを向いた。
「みんな、いいか?」
「もちろんよ! 面白くなってきたぜ!」とズール。
ほかの全員もうなずいたが、うららだけが、ぶつぶつと不満げに言った。
「『お母ちゃん金物どこや』じゃないんだけど……」
トルペドのほうもやる気まんまんのようで、ただちに準備を開始した。準備ったって、俺たちは楽器を用意するが、向こうは変わらず物をぶっ壊すだけだから、残りの机やらドラム缶やらをステージに積みあげるだけだ。
開始前に、俺は高塚のところへ行き、耳打ちした。
「おい、わざと負けてくれる、とかはないのか?」
「なに言ってんだ、勝負とあらば、全力で挑むのが俺の流儀だ」
「なに言ってんだ、そっちが勝つと宇宙が消えるんだぞ?! わかってんのか?!」と指さす俺。
「なに言ってんだ、歴史に名が残っていいじゃないか。宇宙を消滅させたバンド、なんて、これ以上の名誉はないぞ」
「なに言ってんだ、宇宙がなきゃ歴史もクソもねえじゃねえか」
「なに言ってんだ、いいんだよ、それがアートってもんだ」
「なに言ってんだ、よく考えろ」
「なに言ってんだ、うるせえ」
「なに言ってんだ、でもなあ」
「なに言ってんだああああ――!」と、ズールがとび蹴りして、交渉は決裂した。
うざかったのは分かるが、これで宇宙が消えたら、お前のせいだかんな。
ステージかみて(客から見て右側)にトルペド、しもて(客から見て左側)に俺たちオカリナ・カナリアが待機した。マイクで開始の挨拶をするラフレスさん。すっかり司会者だ。
「勝負は、ライブ後の客の投票で決まる。『よかったです』が多いほうが勝ちだ。なお、私もオカリナに絶叫・のたうちで参加するので、悪く思うな。
では、始め!」
チャチャリーナは、ステージのバックの上にある二階の控え室の窓からこっちを見ている。たぶん雄二に熱い視線を注いでいるのだが、こっちでドラムセットに座る当人は、そんなことにはまるで気づかぬ様子で集中している。気づいて、またおかしくなる可能性もあるが、周りはすぐ暗くなるから、大丈夫だろう。
しかし、こっちが勝って宇宙が救われても、あいつの恋が成就する見こみはないわけだが……。
ええい、今は考えるな。やるだけだ。おそらく人類史上初の、「宇宙救済ライブ」をな!
しかし、とんでもないところへ来ちまったもんだ。路上でうまくいって熱くなってた頃には、まったく想像もしなかった状況だ。
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