十六、楽しい人生相談

 うららが初パロロで、ズールさんの胸に飛びこむ数日前、彼女は海子に相談を持ちかけていた。海子はレストランで俺に、そのときの模様を、ぜんぜん自慢げでなく、ふつうに話してくれた。


「すみません海子さん、こんなところまで来てもらっちゃって」

 顔が上下しながら、苦笑するうらら。

「いいえ、かまいませんよ」

 海子も顔が上下しながら、そう言って微笑んだが、額は汗ジトである。

「ただ、どうして遊園地で、一緒にメリーゴーランドに乗って会話しなくてはならないのかな、と……」


「あ、メリーゴーランド、嫌いでしたか?」

 隣の馬で、やや遅れて上下しながら、聞くうらら。

「いえ、嫌いとか好きとかではなくてね、その……」

 なぜ、ふつうにベンチとかで話せないのか、と言おうとしたのだが、相手が急に悲しげな顔になったので、黙った。

「おかしいですよね」と、うらら。「そんな親しくもないのに、ふたりで遊園地に行って、遊戯物に乗って会話なんて。

 えっと、海子さん……うみこさん、って呼んでいいですか? 今さらですが」

「ええ、いいですよ」

 そうは言ったが、子供向けの楽しい音楽とともに、体が上へ下へ行くわ、周りの景色がカラフルに回るわで、落ち着かなかった。


「ええと私、小さいころからすっごい衝動的で、気がついたらもう、何かをしてしまっているのに気づくんです」

「えっ? 気がついたら、気づくの?」

「いえ、ですから、考えなしに体が勝手に動いて、それに気づいたときは、たいていぜんぶやっちゃったあとで、やめようと思っても、もう手遅れなんです」

「そ、それは、生活するのに、ずいぶん不自由なんじゃ……」

 困惑して聞くと、隣でうなずくうらら。

「はい、こんな危ない奴は、生きるのも大変です。今までの短い人生で、死にかけたことが、最低でも十回はあります」

「じゅ、十回?!」

「この遊園地のチケットも、コンビニで『あ、売ってるな』と思った直後、手に二枚持って、立っていました……」

「ま、万引きしたんじゃないわよね?」

「それは、だいじょうぶです。誰も『泥棒!』とか追ってきませんでしたから」

(お、追われなきゃ、それで済ましてるの?!)と思ったが、めんどうになりそうなので、黙った。


「だけど私、一緒に遊園地で遊ぶ友達なんていないし……。それで海子さんに相談事があるのを思い出して、こうして来てもらったんです」

「ああ、そういうわけ。

 でも、どうしてメリーゴーランド?」

「それもさっき入り口で、気がつくと回数券を買っちゃってて、仕方なく、ご一緒にこうして」

「ああ、受付で時間がかかってたのは、そのせいだったのね」



 ちなみに、一緒にそこにいなかったのか、と俺が聞くと、海子は急に怒りだし、「いいでしょう、そんなことは」とごまかすので、気になって、しかし一緒にいたのなら、メリーゴーランドの券を買うところを見たはずだ、知らなかったのはおかしい、と突っこむと、彼女はさらに顔を赤らめ、「トイレ行ってたのよ! これでご満足?」とひねくれるので、なぞがとけた。

 しかし、俺がさらに、そんなこといちいち気にするなよ、お嬢さまはこれだから、とからむと、「な、なによ、平気でうんちの話する人と一緒にしないで!」などともっとキレるので、「なんだよ、そんな話、いつ俺が」と俺も怒りだし……などと、そんなことは、まったくどうでもいいので、話を戻す。



 馬上で上下しながら続けるうらら。

「わたし三日後に、ライブやるんです。パロロさんで」

「まあ、そうなの? ごめんなさい、ちょっと見にいけないわ」


 そこで、なにか用事でもあるのか、と俺が聞くと、海子はまた怒りだして、「いいじゃないの、そんなこと。いちいちうるさいわね」とごまかすので、さらに俺が――って、しつこいので、すぐ話を戻すじょ。


「それで、その、ズールに――じゃない、野々宮さんに見に来てもらう約束なんですけど、ええと……。

 海子さんから見て、野々宮さんって、率直にいって、どんな感じですか?」

「うーん、はた迷惑なところも多いけれど」と少し考えて、「まあ、あれでも世話好きだし、悪い人ではないと思いますよ。バンドのメンバーとしても、欠かせない人ですし」

「やっぱり、あまり会話してないと、そう見えるんですね……」

 はあとため息をつくので、なにか不安になった。

「もしや、なにか、ひどいことでもされた?」

「い、いえ、そういうわけでは。いきなりハグしたり、『でへへへ』と笑ってお尻さわったり、おっぱい揉んだりはしてきますけど」

 これには、あきれた。

「性犯罪じゃないの、それ! 近衛に連絡して――」

「いえ、そういうのは、ぜんぶ女の子の姿のときにやるので。男のときは絶対やりません」

「き、気を使ってるんだか、ないんだか……。

 でも、ズールは、モジって女の子になっているだけで、本当は男なのよ」

「知ってます」

「気持ち悪くないの?」

「相手が嫌いだったら、たとえ女でも冗談でも、お尻なんかさわってきやがったら、鉄拳くらわすわ。気づいたら、誰かが目の前に転がってることもよくあるし、気がついたら、そこが留置場で――」

「わ、わかった、もういいわ! ごめんなさい」


 いたたまれなくなって、あわてて言うと、うららはさびしげに笑った。

「謝らなくていいです。顔で人をビビらせようとがんばるのは治ったけど、こういう根本的なのは無理ですね」

「えっと、ということは、ズールのことは嫌いではない、ということね」

 話題を変えようと、かえってヤバそうなところへ持っていく海子。ちなみに、最初はズールさん、今はズールくん、と呼んでいるが、このように陰ではズール呼びで、俺たちと変わらない。なにか表裏があって陰険なようだが、相手はたとえそれを知っても気にしないから、よかろう。


「なにを、読者相手にひそひそやっているんですか」

 では、話を戻す。

「ちょっと、ごまかさないで。まだ話は終わって――」


 嫌いではないのかと聞かれ、急に照れるうらら。

「そ、それ、好きかって聞いてるの?」

「いえ、そういうわけでは」

「友達として好意はありますけど、それ以上は……いや、好意もないな。嫌いじゃない、ってだけだな」と眉間にしわを寄せる。「か――いえ、平山さんに小細工したのだって、あいつにジュース三本で買収されたからだし。

 あ、あのときは本当にすみませんでした」

「いいえ、あれのおかげで、か――いえ、平山とうまくいきましたし。むしろ感謝してるのよ」

 うららにつられたわけではなく、他人にのろけるのはまだ恥ずかしいので、苗字にした。


「会社の同僚みたいな呼びかたですね。えっと、平山さんとは、最初は仲悪かった、とかあります?」

「うーん、そういうのはないわね」と考えて、「私がすぐメンバーになって、音楽でもめることはあっても、けんかとかは特には。むしろ、くっ付いてからのほうが、言いあいしてますよ。気がおけなくなったから」

「うーん、それだと参考にはならんか――」

「は?」

「いえ、なんでも」と顔をふり、「じゃあ、ののむ――めんどくせえ、ズールについて、詳しいことを教えてください」


 海子は、奴と俺との出会いから、知っていることをあらかた話した。聞き終わると、うららはけげんな顔になった。

「それじゃあの人、男の自分が嫌で、モジで女の子になってるんだ。なんだ、私と変わんないじゃん。どうも態度とかがいちいち鼻につくと思ったら、おんなじように自分が不満なんだな」


「あなたは、まだ自分の顔、きらい?」

「治ったなんて言いましたけど、じつはまだ苦手です。毎朝、鏡を見て、ぎょっとしたりしますよ」と、目をぎょろっとさせたが、海子はそれを嫌な感じどころか、かわいいとさえ思った。

「ズールくんも、かわいくなりたいようだから、そこはあなたと一緒かもね」

「でも、私よりかわいくなれるんだから、なんかずるい。男のときはかっこよくて、女になるとかわいいとか、ずるすぎ」

「そのぶん、中身はどうしようもないんだけれどね」

 そう言っといたが、うららはあまり納得していない感じで、そのあとも、しょっちゅう何か考えているふうだった。


 馬が止まり、二人は降りた。そのあと、時間があるのでいろいろ乗ってまわり、ジェットコースターで目を回したり、お化け屋敷でキャーキャー言ったり、観覧車で見つめあって愛が芽生え……というようなことは全くなく、すぐ出てきた。



「今日は、いろいろありがとうございました」

 入り口でうららが頭を下げると、海子も「いえいえ、なんのお力添えもできませんで」と下げた。なにか近所のあいさつみたいで、二人は顔を見あわせて笑った。

「ライブ、がんばってね」と海子が肩をたたいた。

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