八、うらら、がんばります!
「そうか、君がそういう奴だと、よく分かった」
ドアをあけて彼女を中に入れるや、予想どおり雄二が目を吊り上げて言うので、あわてて説明しようとした。
「おい、ちょっと待て」
「いいよ、もう!」
つらそうに目をつぶってうつむき、顔を振って拒む大作家先生。
「どうせ僕のことはそっちのけで、女の子をナンパしてたんだろ! しかも、そのうえうちに連れてきて自慢なんて! どこまで鬼畜なんだ、君はあああ――!」と指さして絶叫。
「おちつけ!」
頬を両手でつかんで、しばらくぐりぐりやると、やっと収まった。
「心配すんな。マイルドスピークの奴らには、ちゃんと話をつけてきた。もう奴らがお前を追いかけることは、未来永劫ねえ」
「ほ、ほんと?!」
ぱあーっと別人のように顔が明るくなったので、罪悪感がわいた。
「ありがとう! やっぱり和人はたよりになるよ!」と俺の手を握る。「今度、なんかあったらなんでも言って! なんでもするよ!」
その喜びように、ますます胸が痛んだが、しかたがない。だまして悪いが、急にそれどころじゃない用事ができちまったんだ。すまねえ、悪く思うな。それに、ストーカーのことは、そっちのかんちがいの可能性もあるんだから、どうせそれだろ。そうだ、きっとそれだ。けってーい。
ひでえ俺は、後先を考えずに、今かかえてる問題を優先した。それも俺個人の都合だ。クソすぎる。未来の雄二から、早くも「死ねよ」と言われた気がした。
そんな想念を頭から振り払い、連れてきた女の子を見る。彼女はにこやかに笑い、雄二に頭をさげた。
「はじめまして、ウララうららと申します」
「か、変わったお名前ですね」
「芸名だ」
俺が言うと、彼は部屋にあがらせて椅子をすすめ、俺をすみに引っ張っていき、声をひそめた。
「で、彼女はなんなの?」
ことのしだいをひととおり説明すると、やはり彼もうららを見て、信じられないという顔をした。あの可愛さで。うそでしょ。
そして、すぐ次の疑問に移る。
「で、なんでうちに?」
「おー、それだ。お前、アイドルのDVD、持ってたよな?」
雄二はそんなにアイドル好きでもないが、作家としての探究心で、資料としてあとあと役立つかもしれないと、ついいろいろ集める癖がある。DVDなら映画、歴史もの、名所案内から心霊ものなど、そのジャンルは多岐にわたる。音楽ならクラシックからバンドもの、そしてアイドルものもいくつかあった。
部屋の奥へ行って壁の引き戸をあけ、中の棚に並ぶ膨大なDVDをさぐる。その棚の上には「アイドル(女)」と紙の切れ端にペンで書いて貼ってある。
「なるだけ目がでかいのがいい」と彼の背に言った。
「ぱっちりしてるってことね」
「いや、できれば、でかすぎて怖がられてるようなのがいい」
「そんなお化けみたいのは、ないよ」
「そんなに言われてなくてもいいんだ。可愛いと評判だけど、たまに嫌がる奴がいる、ぐらいで」
「そんなのいたかなぁ……。
あ、これどう?」
手渡された箱の写真を見て、これだと思った。目がとてつもなくぱっちりした、いや、むしろ、しすぎの域に達している子が、目を皿のようにひらいてこっちを見つめ、口元に笑みを浮かべている。うららの見ひらいたときに、よく似ている。
さっそくデッキに入れて再生してもらい、うららを呼んだ。アイドルの映像だというと、喜んで座布団に正座してモニターを見た。
それは俺のもくろみ――というには、あまりに行き当たりなので、むしろ「実験」とでもいうものだった(これもクソすぎるほど失礼な行為だよなトホホ)。
彼女の言動を見ていて、ひとつの疑問が生じた。
彼女はこれほどまでに可愛いにもかかわらず、自分を化け物のように醜く恐ろしいと思い込んでいるが、では、もしほかの、彼女と同じくらいに可愛い子を見たときには、いったいどう思うのだろう? 自分と同じように醜く見えるんだろうか?
でなければ、何かに気づいてくれる可能性はある。
もちろん、可愛い子を見ただけで、すぐに自分もそうだと気づき、思い込みが直る……なんて簡単にはいかないだろうが、それでも、何かはつかめるかもしれない。彼女が、浦賀うららが、自分を取り戻す助けになるような、手がかりのような、なにかを。
うららが自分の顔の中で一番怖いと思っている部分が目なので、できれば同じように目がでかく、それでいて、それを悪いともなんとも思わず、非難もされずに、ステージで輝いている女の子がいい。それで、雄二の部屋にアイドルのDVDがあることを思い出し、ここへ連れてきたのである。
モニターにどこぞの遊園地の敷地が映り、未来キャーコちゃん(なにも考えてねえな)――この作品の主役のアイドル――が、はねるように登場して、可愛い曲が流れ、振り付けが始まった。アイドルのプロモーション用DVDである。
顔がずっと大写しになり、目を思いっきり見ひらいて、黒い瞳がつやつやと輝くさまをまざまざと見せられると、俺はうららを素早く観察した。彼女は、最初は笑顔で「わぁ、可愛いですねー」と喜んでリズムさえ取っていたが、すぐに動きが止まり、真顔になった。そして嫌そうに目を細めて声を落とし、「いや、この人かわいくない、こわい」と言い出し、「すみません、停めてくれますか」と目をそむけた。
やはり自分を思い出したのだ。きっと自分と似た子(たぶん女とは限らない。父が原因だから、オッサンの場合もあろう)を見るたび、怖がって目をそらしているにちがいない。
「この子はいまや人気絶頂で、CDの売り上げも、アイドル界ではダントツらしいよ」
ディスクを停めて雄二が言うと、うららは床を見つめて言った。
「うそです。こんな恐ろしい顔の女が――あ、わかった、ホラーとして受けてるんだ! なーんだ、それなら私の先輩じゃん!」
ぬか喜びした彼女に冷水を浴びせる俺。
「いーや、そんな売りじゃない。普通に可愛いアイドルとして人気があるんだ。歌だって、ふつうだったろ?」
「お、おかしい。そんなことない。ありえない……」
再び床を見つめてぶつぶつ言い出すので、雄二が耳打ちしてきた。
「ちょっと、ヤバいんじゃないの?」
「いや、たぶん暴れだすようなことは……。
そうなったら押さえるから、加勢してくれ」
「とほほほ……」
彼は、大昔のギャグマンガみたいに眉が「への字」になり、両目と口がそれぞれ数字の3の逆になって参った。
さらにぶつぶつ言い続けるうらら。
「そうだ、あの女はきっと、顔の怖さが足りなくて誰もビビらないから、仕方なくホラーをやめて、アイドルに転向したヘタレなんだ。なぁんだふふふ、たしかにあの程度のキモさじゃ、この私のおぞましさには到底及ばないよねえ。カワイソ、けけけけ」
嘲笑する。いやそれ、ぜんぜんちがうから。と思ったら、とつぜんやんだ。
「いや、笑ってる場合じゃない。あっちはヘタレであっても、いちおう成功している勝者だ。今のままじゃ、私は敗者。ホラー女優として大成して勝つためには、もっと修練を積まなければ。
そうだ、もっともっと、見た誰もが腰を抜かし失禁するほどの、地獄のような恐ろしい目にならなくては……!」
いきなりうららはカバンから杖を取り出し、自分の顔に突きつけて叫んだ。
「モジカル・メール!」
とたん、杖から出た光が両目にあたり、なんと二つの眼球が並んで前に突き出し、そのまま二本の剣のように、こっちへびよーんと伸びてきたではないか。
「うわあああ!」
巨大ナメクジのぶっとい両目が突っ込んでくるようなおぞましさに腰をぬかしたとき、隣の雄二がさっと杖を振り上げた。
「モジカル・モドレール!」
もう呪文なんか、なんでもいいんかい! と突っ込まれてもしょうがないが、杖から放たれたビームが両目に当たって、ぐいぐい押し戻した。無事に目の穴に入ったが、今度は押しすぎて奥に引っ込み、中に陥没したみたいになった。
「ぐ、ぐえええーっ! 目が、目があああ――!」
目を両手で押さえ、足をばたつかせて、痛そうにのたうつうらら。これは心配する。
「だ、だいじょうぶか?!……おい、なにやってんだっ!」
怒ると、怒り返す雄二。
「モジ返しは難しいんだよ!……あ君、だいじょうぶだからね?」
吊りあげた口元をぴくぴく引きつらせ、無理やりな笑みでうららに声をかける。
「二分で元に戻るから」
だが、うららは両目を押さえて横すわりし、震えながら痛みをこらえて言った。
「い、いいの。目なんかないほうが、ぜんぜんいいし。いっそ、こんな顔なんかないほうが――。
そうだ!」
いきなり顔をあげる。目が引っ込んだ顔が怪物然として、痛々しいなんてもんじゃない。
「目だけじゃなくて、鼻も耳も口もなくして、のっぺらぼうになればいいんだ! 今までは、いくらすんごい顔して脅しても誰も怖がらなかったけど、のっぺらぼうなら、ぜったい気持ち悪いはず! これだ!
ありがとう! ええと――」と俺の手を握って止まる。
「平山です。平山和人……」
「ありがとう、平山さんのおかげで、自分の進む道がやっと分かりました! 私、絶対にのっぺらぼうになるモジックを身につけて、今度こそ、史上最高に怖い、最恐ホラー女優になってみせます!」
ホラーまんまのすんげえ顔で、ガッツポーズするうらら。いっそ、このままのほうが成功する気もするが。
「やりますよ! 期待しててください! あたたた……」
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