六分咲き ―春休み6日目― 

今日は午前中塾だったので、午後から図書館で勉強しようと言うことになっている。せっかくの貴重な一日なのに図書館でいいのか、と聞いたのだが、学生の時にしたかったことだから、と言っていた。近所には大きめの図書館があって、自転車で行ける距離。勉強にもうってつけだ。そんなことを考えながら、共通テストの過去問を鞄に突っ込む。

余裕をもってと思っていたら、ずいぶん先に着いてしまった。春休みのレポートの資料にする本でも探して待っていよう。確かこの辺のはず、あった。でも届かないかも、背伸びしたらギリギリ届くかな。陽向みたいに背が高ければ届くのに。でも陽向まだ来てないし、近くに脚立もない。うんと背伸びをしたら、やっと背表紙の一番下に手が届いた。もう少し。そのとき、後ろからすっと手が伸びて、その本をいとも簡単に取り出した。陽向だ。くるっと後ろを向くと案の定、陽向と目が合った。「ありがとう」って受け取ろうと手を出したら、なぜか本を頭の上にのせられて、「おうかは、もっと人を頼ることを覚えないと。」って、軽くお説教された。人を頼るのって昔から苦手なんだよね。しかも、最近は学校でも人とまともに話す機会がなくて、頼るなんてもっての外だから。でも、陽向だったら頼れる気がする。「頑張ってみる。」って言ったら、本を私の手に渡して、頭をなでてくれた。私が勝手に躊躇していただけで、人を頼るのは案外、難しいことじゃないのかも。

陽向と合流したので、図書館の一角にある教えあいながら勉強ができる場所へ行く。向かい合って座るのかと思いきや、隣に並んで座ってきた。いやこいつ、勉強する気ないだろ。「で、陽向さんはなんの勉強するの?」「え?」何も考えてなかった、みたいな反応…。「じゃあ、この共通テストの過去問を解こ!点数が高かったほうが一つお願いごとできるっていうのはどう?青春って感じでしょ。」陽向ものってきたようだ「おもしろそうじゃん!でもさ、おうかのほうが有利じゃない?」確かに超進学校に通ってるけど、落ちこぼれですよー。

「ほら、つべこべ言わずに解いて。」ってプリントを渡してタイマーをスタートする。うーん。はじまったのに、いつもと違ってシャーペンがスラスラ動かない…。というか、なんか手が重いし、小刻みに振動が。横を見ると、私の右手の甲に陽向が手をちょこんとのせているではないか。そして人差し指でとんとんしている。私の利き手右手なんだからどけてくれないと勉強できないし。陽向の顔を睨むと、てへぺろ、とでもいうかのような顔をした末、やっと手をどけてくれた。大幅なタイムロスだ。

その後も、ちょっとした邪魔やちょっかいが入ったが、なんとか時間通り終わらせることができた。答えあわせの末、私の圧勝だった。「ちゃんと聞いてね、私のお願い。」陽向はいったい何をお願いする気なのか?と不思議そうだ。陽向になら言える気がする。「ちょっとね、相談にのってほしいことがあって。」

いつもの桜の木の下で、コンビニで買ったアイスを手にしながら私は話し始める。

「私ね、音楽が好きなの。どんなにつらいことがあっても、音楽を聞いている時間だけは、全て忘れられるっていうか。特に『MOON』をはじめて聞いたとき、びっくりしたの。感動して涙が出てきて。そばにいてくれるような元気が出る曲だったから。だから、私の一番好きな曲!」そして私は桜の木を見上げる。「この曲を初めて聞いたとき思い浮かんだのが、高校受験の勉強で悩んでたとき、塾の帰り道で見上げた空に浮かんだ月とその光に照らされた夜桜だったの。すごく綺麗で、優しく背中を押してくれているような気がして。その時の月と桜みたいに私にとってこの曲は特別な曲。私もこんな曲を作りたい。歌いたいって思った!でも誰かに言ったら、今まで頑張って勉強してきたんだから、大学に行って、ちゃんと就職しろっていわれる気がして。どうすればいいのかな。ひなたはどうしてアイドルになろうと思ったの?」このことは親友はおろか、誰にも話したことがなかった。でも、陽向になら正直に話せる、頼れる気がしたから。

陽向がゆっくり話し出す。「まずは自分が幸せにならなきゃ意味がないでしょ。僕は歌って踊るのが楽しい、幸せだって感じたから、この道に進んだんだよ。それに、自分の歌でみんなにも幸せがおすそ分けできているって考えたら嬉しくなる。だからおうかも自分の幸せをつかむことを考えて、それから周りも幸せにできたならラッキーくらいのスタンスで進んで行くのがいいと思う。考えすぎなくても大丈夫だと思うよ。個人的な意見になっちゃったね。でも、ちゃんと人を頼れたじゃん。もう充分偉いよ。」そっか、それでいいんだ。自分を見失ってた。自分の人生なんだから、自分らしく生きたい。「やっと、わかった。これからはもっと、自分を大切にする!まだ、将来とかはよく見えないけど。」「それでいいんだよ。」って微笑む陽向に安心した。心のモヤモヤが晴れて、光が差し込んだ、みたいだった。「おうかのために、一曲歌います!」って、陽向が立ち上がる。歌う陽向を見て思った。私にとっての特別は『MOON』だけじゃなくて。陽向もそんな存在になってるんだ。

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