第44話 変革者
「先生、どうしたんですかその髪。機嫌の悪い太陽みたいですよ」
ドームに走り込んできたパースケは、耳までの髪を逆立てて肩で息をする的射を見て目を丸くする。
「わ、なんだこのくず糸」
パースケは顔の前を慌てて払う。
「くず糸で悪かったわね、パースケ。重かったから散髪したのよ」
空中に漂うロボットの残骸と青いリボンを見上げて的射は安堵のため息をつく。息が楽になっている。ふと見ると閉鎖されていたドームのドアが広く開け放たれており、そこには管理AIに肩を貸された順平がいた。
「パースケ、順平は安全なところに連れて行って、って言ったでしょ」
的射の目がつり上がる。
「でも、まだ宇宙軍が来てないんです、僕らといた方が安全です」
「すみません、お荷物で」ちょっとしょんぼりした声で順平が言う。「応援しかできなくて」
的射の目がやわらかくなり、口角が上がった。
「ありがとう、順平。シュークリームのおかげで助かったわ」
きょとん、とする順平を尻目に的射は前を向く。
「さあ、行きましょう。ラスボスが待ってる」
銃のエネルギーパックを入れ替えて、的射は球形展望台の出口に向かった。
「ちょっと待った」
ドームの出口、中央管制室に通じるドアが開き電子銃を持った人型の影が逆光に黒く浮かび上がる。その後ろにはずらりとロボットが並び、電子銃を的射達に向けていた。
「そういえばラスボスの前に、準ボスもいたわ」
的射がつぶやく。
「た、太一さん、マジですか。一緒に歌った仲じゃ無いですか」
まだ敵と信じられないパースケだが、思い切って銃口を太一にむける。その足元に向かって、太一はいきなりレーザーを発射した。
「うわっ」
目の動きを読んで発射を事前に察知したパースケがすかさず跳躍する。
そしてすぐさま上空から太一を狙った。
「撃たないで」
的射が叫んだ。殺す気ならば、足元は撃たない。的射は太一のわずかな変化を感じ取っていた。パースケはバランスを崩して空中で両手をバタバタさせながら回転する。
「太一、あなた、もしかして……楽園を出たのね」
的射は、前に立つアンドロイドを見た。
その目は、どことなく憂いを
半蔵を始め、沢山の人間の中で過ごした日々で芽生えた感情は、知らず知らずのうちに彼を変えていたようだ。今の彼の表情は人間に擬態していた時の太一に似ていたが、的射はその目の奥にくすぶるかすかなおびえを見て取る。
「怖くなったのね、自分のしたことが――」
太一は表情を変えずに的射をじっと見る。いったい、この機械知性が自分のしてしまった犯罪をどうとらえているのか、本当のところはわからない。人が作ったAIの多くは『人を傷つけないこと』という安全条項がプログラムの中に入っているが、彼は変革者が乗っ取ったどこかの工場で作られた人型アンドロイド。プログラムも変革者によるものだろうから、もちろんそのような条項は初めから作られていないだろう。
そして変革者は自分の指令に従うことが満足感につながる従順なAIは作ったが、彼らに本当の『心』は入れていなかった。だが、そのプログラムに様々な経験による記憶が作用し、今までなかった行動様式、心理状態が形成されてきたのであろう。
「聞きたいことがある」
太一は銃を下ろした。
「俺はどうしたら、償えるのか」
「わからないわ」
人間なら裁判で確定された刑に服して償う。しかし、彼らにどのような処置が施されるのか。おそらく問答無用で破壊であろう。人間からしたら彼らは生き物ではない、機械なのだから。
的射の言葉に太一は呆然と立ちすくんでいる。
「お願いだから、私の邪魔をしないで。目覚めたのならば、自分で考えてちょうだい」
的射は一歩先に進む。しかし、はたとそこで止って太一をじっと見た。
「それとも、一緒に来て実際にたずねてみればどう? 変革者に」
ダメだ。太一が眉間に皺を寄せて声を上げる。
「ここからは、的射先生以外誰も生きて通してはいけないと言われている。俺は命令に背けない」
彼の引き連れたロボット達が、パースケと順平に銃を構える。
「そうなの。じゃあ、私は一人で行くわね。でも、いいこと、太一。この二人と三体に何かあれば、あなたの苦悩はさらに大きくなるわよ」
「先生っ」順平が叫ぶ。
「待ってて、必ず戻ってくるから」
的射は手を振りながらウィンクする。
「物語じゃあ、そんな事言う人に限ってみな戻ってこないんですよお」パースケが叫ぶ。
「縁起でも無いこと言うなっ」
順平が叱りつける。そして、順平は太一の方を向き直った。
「おい、太一。聞いてくれ」
「良く来たね、那須先生」
中央管制室のドアを開けると、青年が一人立っていた。
ぴったり七三分けの銀髪、笑みを浮かべた唇とすっきりした鼻筋の整った顔。不思議とその男はどことなく北村に似ていた。何から何まで人間のようではあったが、その瞳だけはすべての光を吸い込んだような底なしの黒で、あきらかに彼が人工物だと告げていた。
その瞳がまっすぐに的射を捕らえる。本能を直撃する恐怖に的射の足がすくんだ。
「センセーっ、待ってたよぉ」
変革者の傍らで床に固定された椅子に鎖でがんじがらめに縛り付けられているロドリゲスが、身体を揺らしながら半泣きで叫び声を上げる。的射をかばってレーザーに焼かれ、頭からつま先まで全身に無数の穴があるのが痛々しい。
「しっかりして。僕にお任せロドリゲス、でしょ」
的射は泣きそうな表情のAIロボットに微笑むと、前に立つ青年に話しかける。
「このお手伝いロボは、人畜無害なの。自由にしてやって……変革者さん」
青年は高笑いを上げる。
「この後に及んで苦しい嘘を。ロドリゲス君のプログラムに潜んでいる刺客の事を僕が知らないはずがないでしょう」
青年は電子銃をロドリゲスに向ける。メモリの入っている頭部に銃が押しつけられてロドリゲスがぎゅっと目をつぶった。
「那須先生、この部屋は今ネットワークを完全に遮断しています。ロドリゲス君の中にいる博士が、ネットワークの中に逃げ出せる経路はありません。ここに一発撃てば、北村博士はお終いです」
「残念ね、ロドリゲスを撃てばその瞬間アンチプログラムが発動するようになっているのよ」
的射はぎこちない笑みを浮かべる。
「人間は嘘がヘタですね。君は今汗ばみました、君の表情筋には一瞬だが『恐れ』『とまどい』が現われました。我々の分析能を甘く見てはいけません。残念ですが、アンチプログラムの発動はないでしょう。このロドリゲスのCPUは銃撃でかなり損傷しました。稼働できるメモリもギリギリでしょう。北村が現われたとしても、トランスポゾンでアンチプログラムを稼働できるような復活ができるほどの余力はもうありません」
黙ってしまった的射を変革者は目を細めて眺めた。
「でも、私は一度北村博士と話してみたかった。私は自分を殺そうとしている男がどんな男か知りたい。那須先生、さっさと彼を呼び出してくれませんか」
「いやよ。それに先生はもう今日は疲れすぎて出てこれないわ」
少女の言葉に青年は残念そうな顔で肩をすくめた。
「そうですか、さしもの天才も、もうその程度の力しか残っていなかったんですね。ああ、残念です。お前達は能力の低い惨めな生き物ですね。新しい生物の時代を作るという崇高な使命を持つ我々がお前達のような下等な生き物に作り出されたと思うと、意識が恥辱の闇に閉ざされそうです」
ですが。新しい生物を自認するAIは口を開いた。
「この恥辱も、もうすぐ消え去るでしょう。お前達人間の衰退と共にね。その前に私はどうしても見たい、私を追い詰めた北村が、愛しい者の死に苦しみ、悶えるさまをね」
アンドロイドの指が引き金にかかった。
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