第43話 球形のコロシアム
まっすぐな通路から続く自動ドアを抜けると星空が見える球形のドームに出た。
そこは直径50メートルほどの球形の空間で、一面透明な特殊強化ガラスが張り巡らされている。
この球体は暗くするとまるで宇宙空間に漂っているような雰囲気を味わえる展望ドームであった。外からだとまるでポートにシャボン玉がくっついたかのように見えるため「バブル」と呼ばれている。
内側には腰掛けることもできる止まり木と呼ばれる短い手すりが所々に設置されていた。なかなかロマンチックな場所であり、よく恋人達がプロポーズに使うことでも有名である。
球のなかにはゆっくりだが気流が作られており、動かずに浮いていても自然に球体の中を循環するようになっている。なんの娯楽施設もないL2ポートの中にあって、ここは唯一と言っていい観光スポットであった。
「ここを抜ければ管制室ね」
自動ドアが背後で閉まる。まだ警備AI達に戦闘能力が残っていたのか、外から何か撃ち合う音がしている。
だが、パースケがここに来ていると言うことは、すでに銀河公安調査庁にこの事件が伝わったということで、警察か宇宙軍か、そのうち何かしら援軍が来るのだろう。
的射は背後から聞こえる戦闘音を振り切るように先に進む。
ああ見えてパースケはなかなか有能だ。多分、何らかの手は打っているだろう。
そこまで考えると、的射は正面を見据える。
反対側の入り口から五体ばかりの小柄な人型AIロボット達が向かってきた。
L2ポイントの警備ロボット達のようだが、先ほどのロボットよりはスペックが上の動きをしている。
ロボットが床を蹴る。五体は的射を中心とした五方向に展開すると、一斉に麻痺銃を撃った。まっすぐな光線が的射を襲う。
だが的射の右足が床を蹴るのがわずかに早い。五体は背中のロケット噴射でくるりと宙返りをして反動を消すと的射の方に向き直り、再び照射する。的射も反撃するが、お互いに狭い空間を次々と高速で移動するため、照準がうまく定まらない。
的射は左手首に固定した銀の杖を伸縮し壁に当て、身体の向きを変えるがAI達はロケット噴射で自由自在に空間を飛び回る。動きという面では彼らに分があった。
鼻から下を覆ったフェイスマスクの下で次第に的射の息が上がってくる。
見ると左右のドアが閉め切られていた。通風口から気体は流れてくるが、通風口の近くに行くと特に息苦しさが増すことに的射は気づいていた。
死なない程度に二酸化炭素濃度を上げているのか。頭が
五体は連携のとれた動きで的射を追い、光線は徐々に的射にかすりだしている。
しかしお互いを撃ち合わないように演算処理しているのか、若干動きが鈍い。そのため的射は間一髪で直撃を免れていた。
だが、今の彼女は逃げるのに精一杯。麻痺銃といえども、当たった時の衝撃は強い。一糸乱れぬ、ロボット達の的確な動きが的射を追い詰めていく。この素早い演算は彼らに内蔵されたCPUだけでは無理だ。きっと外で演算が行われ、操られている。
変革者の指令を遮断できれば……。的射は歯を食いしばる。
青いリボンが蝶のように羽ばたき、まるでせかすように的射のお下げを揺らした。
「わかってます、先生」
的射は杖を短縮すると、銃を口にくわえて右足に装着した万能ナイフを抜く。そして逃げながらお下げを引っ張って、勢いよくハサミ部分で髪の先を削ぎ始めた。
突然、五体のロボットが揺れるような動きをして制止する。
すぐに動き始めた彼らだが、動きはどことなくぎこちない。
特殊なコーティングを施した的射の髪は、チャフの代わりをして空中の電波を攪乱している。左右合わせて80cm分、約十万本の髪を切った細かい毛が空中に散らばって、ロボットの動く方向に、気流に乗って広がっていた。
的射の左右の髪がショートカットになったころ、五体の動きが目に見えて緩慢になった。通信状態を阻害されて変革者からの指令が届かなくなったため、動きの最適解を出すのに時間がかかるようになったのであろう。
的射はそれを見逃さなかった。
まず一体、そして続けざまにもう一体を撃ち抜く。
だが、かえって残りの三体の動きが速くなった。二体の位置を、同士撃ちを避けるための計算に入れる必要がなくなったからか。
酸欠で的射の意識がふっ、と遠くなる。
「先生、頑張って――」順平の声がどこかで聞こえた気がした。
ゆらぐ意識の中、お盆を持った赤い巻き毛の青年が微笑む。
いつも、いつも、的射のために趣向を凝らしたシュークリームを買ってきてくれる順平。
ラブリュスの面白いシュークリーム達。
光ったり、つながって口からぶらーんと……。
突然、閉じかけていた的射の目が見開かれる。
よく見ろ、よく見るんだ。
的射は頭に霧のかかる自分を叱咤して三体のロボットを見る。
彼らにはそれぞれ特徴がある。動きの速いもの、おそいもの、反転が苦手なもの。的射は脳に収集した彼らの動きのデーターを引き出す。彼女のずば抜けた脳内で奔流のように演算が流れる。
すでに変革者からの操作はないとすると、彼らの動きにもいつか隙ができるはず。
うまく、いけば――。
最後の力を振り絞って、ドームの壁を蹴り、宙を飛ぶ的射が振り返る。
三体のロボットは直進するビームで串刺しに撃ち抜かれることを警戒し、決して一直線上には並ばない。
そして、ついに的射の待っていたその一瞬が来た。
「その
彼らが緩い円弧の上に並んで銃口を的射に向ける。
その一瞬を逃さず、的射は壁を背にして、ロボットめがけて右膝からスピア付きワイヤーを最高速で射出した。無重力状態では、飛行機型のスピアには揚力のみがかかるため、軌道は円弧を描く。
反動で壁に押しつけられる的射。だが、ロボット達はワイヤに串刺しになって動きを制限されていた。手近のバーを持って身体を固定した的射は、相手よりも早く電子銃で三体を次々に撃ち抜く。
的射が自分の足のワイヤーを撃ち抜いて切断したと同時にロボット達は火を噴いた。
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