第42話 無重力なら無敵なの

「はい、これ磁石シート。靴にくっつければ浮き上がりを防げるわ」


 アンダの後ろから、ふらつきながら二人が歩く。両足が離れでもしようものなら、身体はすぐさま宙に漂い、なにかとっかかりがないと前進も後退もできなくなってしまう。

 何度か、敵ロボットをやり過ごしながら、三人は進んでいった。


「ねえ、的射先生、北村博士を呼び出すことはできないの? そうすればここのAI達をみな変革者の手から解放することができるんでしょ」

「そうねアンダ、そのためには私がロドリゲスの近くに行かないといけないの」


 的射の顔が曇る。


「じゃあ、ロドリゲスの近くに行ったら、方法を教えてくれる?」

「でも、ロドはどこに居るのかしら」

「情報によれば、ポート中央の管制室よ。行きましょう」


 アンダは壁に背中を付けて、電子銃を構えながら曲がり角の先を伺う。

 その時、的射がいきなりアンダの正面に回り込むと、右手と左肩を掴んだ。虚をつかれたアンダに反撃の余裕を与えず、的射は足を後方に振り上げ渾身の右膝蹴りを入れた。

 アンダの身体が浮き上がって右手から銃が離れた。的射は相手を蹴った反動で宙に浮く。


 順平が浮いている電子銃を確保する。


「撃って。それ、アンダじゃない。アンドロイドよ」


 しかし、銃をもったまま一瞬順平は立ちすくむ。そう言われても彼は、アンダとうり二つのこの偽物を撃ち抜けないのだ。その躊躇を見逃さず、アンドロイドは順平にとびかかる。的射が素早く順平の手から電子銃をひったくり、空中を回転しながら連射した。アンドロイドは人工皮膚の下から細かい部品を弾き飛ばし、火を噴いて倒れた。


「見かけはどれだけ精巧に細工しても、かすかな過剰心音までは再現できなかったようね」


 的射はイヤリング型イヤホンを外し、空中をただよう指用聴診器をつまむとポケットに入れた。


「味方のふりをして私を油断させて情報を取り、いざとなれば私たちを始末する手はずだったのね」

「す、すみま……」


 皆まで言わせず的射が順平の背中を叩く。


「気にしないで、順平。そこがあなたのいい所よ。さ、中央管制室に行くわ」

「こっちです」


 庶務の常識とばかりに、宇宙ポートをよどみなく案内する順平。


「あれが展望ドームへの入り口、ドームを越えたら管制室に出ます」


 的射の方を振り向いた順平は、何かが後方で光るのを見た。

 的射に飛びついて抱きかかえる順平。的射を床に押しつける反動で彼の足がふわりと上がった。宙に血液の玉が飛び散る。


「順平っ」


 的射が身体を引き寄せる。左の大腿部が撃ち抜かれていた。命に関わりは無いが、出血はかなりある。


「良かった、先生が無事で」


 苦痛に顔を歪めながらも順平が微笑む。


「まだ、助かってないわ。これからよ」


 的射はお下げ片側の青いリボンを解き、すばやく順平の足の付け根を縛る。

 後方から現われた二足歩行のロボット達が、廊下を埋め尽くしていた。全員が手に銃をもって二人に向けている。

 的射は順平を支えながら、彼らをにらみつける。

 

「どうせ麻痺銃よ。私を殺したら先生を呼び出せなくなって楽園送還プログラムについての情報が得られなくなる。プログラムの隠し場所について、彼らも知りたいはずよ」


 強気につぶやく的射だが、内心はその自信が無い。額に細かい汗の粒が浮く。

 じりじりと、ロボット達が間合いをつめる。

 多分一歩でも動けば集中攻撃を受けるだろう。そんな殺気が無表情のロボット達から漂っている。

 そして。的射は命を取られなくても、多分順平には容赦しない。

 いやだ、もう、ちかしい人が居なくなるのは。順平を失いたくない。

 少女の細い左足が震えた。




 だが。

 いきなり轟音と共にロボット達の間から急に白い煙がいくつも吹き上がった。重力のない空間で白い煙幕は動き回るロボットにまとわりつくように広がる。視界を奪われたロボット達は、目標を見失い右往左往するのみ。


「お待たせしましたーっ」


 煙の中から飛び出したのは武器を持った分厚い眼鏡男と、三体の二足歩行のロボット。


「パースケっ」


 いや、偽物かも。味方のふりをしてこっちを油断させて……、的射の顔から笑みが消える。

 だが。


「無能音頭でドンパンパン」


 飛び上がって空中に浮きながら、三体と一人が手を打って踊るポーズをする。


「本物だわ」


 脱力の個人認証だが、この場面であれをやれるのはお調子者のパースケしかいない。


「金属加工部門の管理AIが寝返ってくれました。裸の付き合いだそうですっ」


 そりゃよかったわね。胸の中でつぶやくと、的射は煙の中めがけて奪った電子銃を際限なく打ち込む。

 こころなしか、煙の動きが弱まり、煙の薄まりと共にそこに壊れた大量のロボットが浮きあがる光景が広がった。所詮辺境L2ポイントのロボットである、数代型落ちの中古品揃いであり、性能はお世辞にも良くはない。

 だが、視界が開けるとともに、追ってくるロボットの数も増えて反撃も激しくなった。的射達は、展望ドームの受付デスクに隠れて応戦する。


「先生、護身用義足Aセットのスペアを持ってきました」

「気が利くわね」


 的射は素早く右足の義足に武器を装着する。渡された戦闘用アイガードとマスクを付けながら的射はパースケを横目で睨む。


「私の義足は通常の撮影では、武器格納機能が隠されて写るはず。スペックを知っているなんて、銀安は私のことすでに調べてたのね。――もしかして、囮にしたのっ?」

「そ、それから、これは忘れ物」


 応戦しながらごまかすように、慌ててパースケが銀の杖を差し出す。

 的射はひったくるようにして杖を受け取ると素早く伸縮させる。少し傷が入っているが動きに問題は無い。

 管理AI達の連射で、反撃はほぼ無くなった。


「パースケ、ここが落ち着いたら順平を安全なところに。私はロドと先生を助けに行くわ」

「ぼ、僕も的射先生と行きます」


 青い顔で順平が的射の腕を掴む。


「私はまとい、あなたは足手まとい。わかるわよね」


 的射は右手の人差し指を順平の鼻先に伸ばし、冷たく突き放す。そして、にっこりと笑った


「大丈夫。私、無重力なら無敵なの」


 少女は電子銃を持って右足で床を蹴ると、次の戦いに向かっていった。

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