第40話 脱獄
太一は無表情になり、時折監視の視線を二人に向けるだけとなった。
「もうすぐ、目的地のL2ポートです」
自動飛行のシャトルがアナウンスする。
的射達の目の前にはラグランジュポイントL2に置かれた宇宙ポートが浮かんでいる。L1は船便の多い、ヘーパイストスで採取した鉱物を運ぶ軌道上にあるため、緊急中継地として設備の整った宇宙ドックの併設された大きなポートが建設されている。それに対してL2はこじんまりとしており主にワープポートとして使われていた。
「もしかして、L2を占拠したの?」
「ああ、辺境の宇宙ポートなんて人間はまばら、ほとんどがAIロボットの牙城さ。その気になればいつでも我々の思うがままだ。そして、アイモト工業の人間支配実験が成功すれば、これからはもっと人間の多い場所での侵襲が可能となっていくだろう」
太一が抑揚の無い声で答えた。
シャトルがポートに着く。シートが外されると、二人は席から浮き上がった。辺境のポートは船から船に乗り移るか、もしくは船ごとワープするだけの仕様のため運営コストのかかる重力化はされていない。
二人は手錠で両手を身体の前で拘束されたまま、磁力で廊下を進むクローラー付きロボットに浮きながら引っ張られて行った。
的射の右足の武器はすべて除去されている。スカスカのフレームだけとなった右足のバランスが取りにくいのか、的射は何度か空中で回転した。
「先生、大丈夫ですか」
唇を噛みしめて、的射はうなずいた。
「状況はどうあれ、私はきっと生きて変革者に会うわ。覚悟しておきなさいよ」
目が血走って炎のように赤くなっている。順平は彼女の胸の内に燃えたぎるマグマのような怒りを見た。
宙に浮きながら体勢を変えると身体の節々が痛んだ。手には手錠がはめられており、手錠につながれた鎖は壁に打ち込まれた楔につながっている。
的射を乱暴に扱ったロボットに抵抗して酷く殴られた後で気を失ってしまったらしい。
薄暗い闇の中で徐々に目が慣れてくると、そこが三方を壁に囲まれた小さな部屋だと言うことがわかるようになった。ボンヤリと明るい一隅には、狭い格子の入ったドアがうっすらと浮き出して見える。格子から外をうかがうが警備ロボットはいない。部屋の天井に設置されている監視装置で事足りるという事だろう。
ここは、ポート内の簡易留置場か。施設を自由に使えるということは、やはり太一の言ったとおりすでにL2ポイント全体が占拠されたようだ。と、順平はポートの案内図を頭に浮かべながら考えた。
「的射先生――」
返事が無い。
どこかに連れて行かれたのか。順平は手錠のままズボンのポケットに長い指を突っ込む。
その時、遠くから何かが近づいてくる音がした。
格子が開けられて、わめき声とともに近づいてきたのは的射と、二体のアンドロイドだった。的射は手錠が嵌められたまま、檻の中に突き飛ばされて、また悪態の声を上げた。
「先生、御無事でしたか、良かった」
「ええ、なんとかね」
的射も檻の中で浮かび上がりながらふてくされて答える。
いつもの的射先生だ。ほっとしたように、順平が息を吐いた。
「痛い目にあいませんでしたか」
「奴ら、北村先生の呼び出し方を聞いてきたけど。教えるわけないでしょ。私テロ対策の最先端訓練を受けているの、心にシールドを作って痛みを感じなくする訓練もできているし、強い苦痛や自白剤を投与されると北村先生に関する重要な記憶が消えるように自己催眠をかけているの。あいつらは私が本当の事を言っていると瞬時に判断できるからすぐあきらめたようね」
何事も無かったかのように檻の外をうかがう的射。だが唇の端に血が付き、左頬がかすかに赤く腫れていた。
少女然とした見た目とは裏腹に、彼女の胆力は半端ではない。相手も手を焼いたのだろう。
「何しているんですか?」
的射が宙に浮きながら自分の手錠の電子ロックに髪をこすりつけている。
「錠前破りよ」
「でも、これ電子ロッ――」
順平の目の前で手錠のロックが解除されていた。
「髪には特殊なリンスで電波攪乱効果を起こして制御盤を壊せるコーティングをしているの。こうやってこすりつければロックが解除されるわ」
的射は手錠を外す。
的射の独特の光沢のある髪はこのためか。順平は少女産業医の秘密に目を丸くする。
「さあ、順平も手錠を――」
今度は順平を見た的射の目が丸くなる。順平の口には細い棒がくわえられており、すでに手錠が外れていた。
「この手錠、よく見たらL2と刻印がありました。軍や警察用ではなくてこのポイントに備えつけのものでしょう。電子ロックは過電流やゆがみでも開かなくなることがありますから、酔っ払いや小競り合いなど一般人の軽犯罪が多い空港備え付けの手錠は災害時の人道的セーフティとして昔ながらの鍵でも開くようにされているんです」
「そんなことできるなんて、実は泥棒なの?」
順平は滅相もないとばかりに大きく手を振る。
「庶務の仕事の中で、金庫の鍵のトラブルをどうにかしろ、が結構あるんです。うちは辺境の会社ですから、高価で壊れたときの対処が難しい電気式より、倉庫や入れ物のロックはこういう昔ながらの鍵式のものが多いので、開けるのには慣れているんですよ」
「事務十八般をなめちゃいけないってわけね、さすが――」
的射が言葉を切る。壁の向こうから、移動用手すりに触れるかすかな音が近づいてくる。
「来たわ。一人ね」
的射の顔に格子の影が映る。隙間から漏れる光に金茶色の目が光った。
「順平、もし扉が開いたら私がぶつかって足元に飛び付く。敵の体勢が崩れたらあなたは手錠をかけて」
檻の中で二人が身構えた。
影が、檻をのぞき込む。そっと扉が開かれた。
的射が牢の後ろの壁を蹴って、その反動で飛びかかろうとしたとき。
「待って」
順平が的射の肩を押さえた。
「お待たせ」
扉の内側に、尖ったつま先が入ってくる。
「アンダ」的射は絶句する。
「助けに来たわ」
アンダの手には大きい電子銃が握られていた。さすがに無重力だといつものキュロットは難しいようだ。細い足を強調したパンツルックでばっちり決めている。
「助かったよ」
順平が小声で感謝を伝える。
「ここに、どうやって、なぜ? きゃあっ」
的射は近づこうとして浮き上がり、慌ててアンダの身体にしがみついた。アンダがそっと抱きかかえる。
「黙っててごめんなさい。私、銀河公共安全調査庁のエージェントなの。さ、逃げるわよ」
パースケと言いアンダと言い、身の回りにこんなにエージェントが居たなんて。
的射と、順平は顔を見合わせた。
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