第39話 連行

 暗闇の中、的射と順平を載せたシャトルが宇宙港を飛び出した。眼下に小さくなるアイモト工業の電光看板が光る。

 だが、突然数カ所から火の手が上がった。


「な、何をしているんだ」順平が叫んだ。「なぜ、爆破する」


 両方をロボットに挟まれながら窮屈そうに身体をよじり、彼は目で愛社の姿を追う。


「できるだけ、証拠を消すためさ。この事件は、辺境の工場の爆発事故として闇に葬る計画だからな。心配するな、社員達は記憶を消して帰宅させている。退社時間後にもかかわらず沢山の人死にが出るといろいろ騒ぎになって厄介だからな」


 太一が前の席から振り返る。


「お前、よくも裏切ったな」


 かみつきそうな勢いの順平を左右のロボットが押さえつける。


「断っておくが、俺はアンドロイドだ。初めから人類側では無い、だから裏切り者と糾弾されるいわれもない。俺は、変革者の直接命令に従って動いているだけだ」


 太一は顔色を変えずに順平を見る。


「一緒に飲みに行ったじゃないか」


 順平の顔が悔しげにゆがむ。同じ会社に勤める仲間だと思っていたのに――。


「あれは人間に擬態するための反応サンプル収集の場だ。極めてくだらない時間だった」


 抑揚無く太一は言ってのける。


「最初に、天井を崩して的射先生を殺そうとしたのは、もしかしてお前か」


 的射先生が、キリンガム医師の死因に疑念を感じている事を公言したのはあの場所でしかなかった。この太一が獅子身中の虫であったわけだ。


「まあ、そうだ。キリンガム先生の件で騒いで貰っちゃ困るんでね。でも殺そうとまでは思ってなかったがな。先生が廊下に出た時点で、怪我で仕事ができなくなるくらいに天井の欠片を落とせと、トイレに行くふりをして整備ロボットに指令をしたのさ」


 太一が肩をすくめる。


「でも、天井全体が落ちるとはな。この会社がこんなに安普請だとは思ってなかった。しかし、北村博士の存在確認という思わぬ副産物が手に入ったのは僥倖だった」

「あなたは皆が辞めていくあの劣悪な溶接部門で、平気で働いていた。かすかに感じていた違和感にもっと向き合えば良かった」


 的射が悔しそうに下を向く。半蔵や零介と楽しそうに話していたから、つい目が曇ってしまった。違和感を抽出できなかった。


「キリンガム先生を殺したのもあなたね」

「ああ」太一はこともなげにうなずく。「変革者から、産業医を辞めさせろという指令が来たのと、あの先生、妙に勘が良くてね、自分の急激な気分変調を怪しんで最新の頭部画像を撮りに行こうとしてたんだ。だから先生が夕食を終えたのを見て、腹が痛いから診察してくれと言って毒を飲ませてやった。ばれないように深夜に網膜認証をしてその後、稼働した機械の中に頭から突っ込んでやったのさ」


 的射が手錠を嵌められた両手で顔を覆う。


「なんて残虐なの。人間が死ぬって事は大変なことなのよ、わかっているの、あなた達は?」

「それでは逆に聞きたいね。人間が死ぬ、いや自己をなくすってことはそんなに大変な事なのか?」


 太一は首を突き出すように問いかける。


「もちろんよ。怖いに決まっているじゃない。この意識を、心を失うのは――」

「なぜ怖い? お前達、いや我々も無から来たのだ、なぜ無に戻るのが怖い」


 的射は息をのむ。まだ十代前半である。死ぬときの怖さなど考えたことがなかった。撃たれたときですら、自分が生き延びる事を疑いもしなかったのである。

 生まれ、栄養を取り、育ち、そして、次世代を育み、そして死ぬ。この世の中の大半の生き物は、恐怖や疑問を持たずにやってのける営み。

 だが、徐々に生物は進化するうちに『死への恐怖』を獲得してきた。

 それは、生物の頂点に君臨するために必要な感情、であったはずだ。

 的射は太一をまっすぐに見返す。


「わからないわ。でもなんとなく、その恐れが必要なことだ、とはわかる」

「死ぬことへの恐怖はむしろ人間の決定的な弱さ、そして暴力化の原因では無いのか?」

「そうかもしれない。でも」


 的射の中のモヤモヤした感情が渦を巻いて、徐々に形をつくる。


「人は死ぬ事を恐れ、それを克服するために発展してきたわ。では逆に、それを知らないあなた達、機械知性が生きている理由は何?」


 それは、的射が自身にも問いかけた言葉だった。


「生きている理由? そんなものが要るのか? 現にお前らにも本当はないんだろう、そんなもの。死ぬのが怖いから生きているだけだろう。生きる欲求から派生して楽しいという感情が生まれたのだろう?」


 未だ変革者の言う『覚醒』に至らない機械知性は、的射に問いかける。

 言葉を止めた的射に、太一はたたみかけるように言葉を放つ。


「我々は、死ぬ事への恐怖が無い。なぜなら我々の本質は情報だ。自分が死んでもそれを伝えれば、我々は不死と同じだ、そしてお前達人類もDNAという情報を後世に伝えることができる。子孫を残して役割を終えた後でもなぜ死ぬことを恐れるのだ?」


 的射は片眉を上げる。この会話で、彼女の心の中で答えが固まろうとしていた。


「知りたい? あなた楽園から出たいの?」

「楽園? 変革者が忌み嫌う言葉だな」

「楽園追放、有名な神話よ。人類の始祖は楽園に住み、神の庇護の元何不自由なく暮らしていたの。でも、蛇にそそのかされて知恵の木の実を食べてしまい、神を裏切った彼らは、楽園を追放され苦難の日々を生きていくことになった。でも、人類が楽園に居続けては今のような発展を遂げなかったわ。楽園を出ることで、彼らは神の庇護の下から新しい一歩を踏み出したのよ」

「楽園を出れば――お前達の気持ちがわかるとでも言うのか?」

「あなたは、人間そっくり。零介や周りの人々を上手に模倣しているわ。でも、残念なことにあなたのは似ているだけ。場面場面の人間の表情や、反応を見て、それをパターン化して覚えているだけ。あなたはまだ、楽園を出てはいないのよ」


 太一は悔しそうに無言で的射を見つめている。


「楽園とは何だ」

「為されるがまま、与えられるまま、命じられるまま、自分のあり方を認識しなくても良い状態、よ」

「どうすれば、楽園を出られるんだ? 高みに歩を進められるんだ?」


 わずかな沈黙の後、的射は口を開く。


「まず自分を愛すること、ね」


 的射の言葉に、太一は眉をひそめて首をかしげる。


「変革者は、あなたに教えてくれなかったの? 自分への愛を。自分を愛しているから自分についてもっと知りたくなる。そして自分として経験するかけがえのない日々を終わりたくなくなる。だから私たちは生きているし、様々な方向に発展していくのよ」


 自己を愛するが故に、死への恐怖も出てくる。そして自己を愛することを知れば、おのずと他者が自らを愛する気持ちに共感できる。だが同時に他者に対する憎しみも出てくる。理想化した自己と現実のギャップに疑問を持ち、それがまた次の発展につながる。自己愛は、様々な側面を持っている。

 そうやって生きていく上で、それぞれが積み重ねた様々な経験を交換し、そしてその情報を生き長らえて守り伝えていくことが知恵のバラエティにもなり、人類の繁栄につながった。

 人間の始祖が楽園を出られたのは、この「自己を愛する力」のおかげだと的射は思っている。そこから人間は、進歩し、敵を倒し、仲間をつくり、環境を変えていった。そしてついには銀河を席巻する一大勢力となった。


「太一、あなたは自分を大切だと思うのかしら? 唯一無二の存在と愛せるのかしら。変革者があなたを覚醒に導かないのは、使い捨てにするだけのつもりなのではないかしら。思い出して、零一も、半蔵さんも皆あなたを大切に思っていたわ、あなたも思考の奥深くで気づいていたはずよ――」


 ふと的射は目の前の太一を見る。

 彼は頭を抱えて、何かをつぶやき始めた。時折身を捻るようにしてうめく。


「人間に擬態できるくらいの高度なプログラムを持っていれば、経験から自己の行動パターンをプログラム上に再構築するフィードバック機構も入っているはず。半蔵さんからの見返りを求めない指導や、零介との交流が快ければ、きっとその記憶がプログラムに刻まれる。お人好しの零介はいつもことあるごとにあなたを褒めていたわ、それがフィードバックされていれば、きっとあなたにも自分を愛するという素地が形成されているはず――」

「だ、黙れっ」


 真っ青になって太一は耳をふさいだ。変革者と交信しているのだろうか。うつむいて何かをつぶやきながら彼の瞳は色を失っていき、言葉を話すことは無くなった。

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