第32話 2次会はカラオケで

「なんか雰囲気悪くなっちゃったから、歌いにでも行きますか」


 黙りこくってしまった皆をどうにかしようと順平が慌てて予約を取る。


 地球時代の日本に由来を持つ『カラオケ』だが、今や背景は質感たっぷりの飛び出す3D、ダンサーや効果もかなりのチョイスができ、簡単な匂いや気候も再現することができる。中には自分専用の背景を携帯端末に入れて持ってくる猛者もいるほどだ。

 もちろん歌の種類も千差万別、服装もプロジェクションマッピングで自由自在。最近はステージを動画配信できるツールもあり、『カラオケ』からデビューしたアイドルも少なくない。

 娯楽のないラブリュスでは今、数百年の時を経て『カラオケ』がブームなのであった。もちろんここに来なくても仮想空間共有で仲間と歌えるVR仕様の部屋もあるのだが、生身での付き合いの良さを見直し始めている風潮もあり、最近はこのレトロな舞台付きの部屋が人気である。


「一番、パースケ行きます『魔道士様とファーストキス』」


 パースケは個室に飛び込むなり曲目を音声入力する。そして背後に現われたアニメの原寸大キャラクター達と寸分違わぬダンスを披露しながら、各々のキャラクター声で歌い分けて見せた。大半の人間はそのアニメを知らないが、異様な迫力につられて盛り上がる。その上リアルタイム採点でいきなり96点が出て皆から歓声が上がった。


「次、『迷宮の妖精』、行きま――」


 二曲目を入れようとしたパースケがアンダに吹っ飛ばされる。


「一周目はまず一人一曲よ」


 彼女は曲と共に現われた黒ずくめの美形バンドに囲まれて、髪を逆立てて顔に過激なメークを入れ半分透けた上着に黒い見せブラという色っぽい姿に変身する。零介が口に指を入れてピーピーとはやし立てた。彼女は過激にハードロックを歌い上げ投げキスをすると、零助にマイクを投げる。


 華麗に受け取った零介はステージでいきなりバク転を決めると、売れ初めの男性アイドルグループの唄を振り付けまで完コピで熱唱した。低重力なので、曲芸系ダンスも面白いように決まる。そのたびに皆備え付けの鳴り物をならした。


「さすが、零介。これから波が来そうなとこを押さえてるわね。じゃあ次は太一っ」

「お、俺やめとくわあ。歌は柄じゃないし、良く知らないんだ」


 太一がモップ頭を振る。


「何言ってんだよ、お前いつも食わず嫌いなんだよ。楽しいから一緒に唄おうぜ」


 零介がマイクを取って太一を引っ張る。


「俺が一番を唄うからお前、二番な。ゼロワンコンビで歌おうぜ」


 零介は皆がよく知っている曲をチョイスし、淡々と一番を歌い上げる。


「さ、次お前」


 太一は困った顔をしながら歌い始めた。


「え……」


 皆、息を飲んだ。零助の時には85前後をうろうろしていた点数が、いきなり百点にあがったのだ。


「完璧だ」


 皆、静まりかえって太一の唄に聞き入った。照れているのかやや起伏に欠ける歌い方だが、音程とリズムは完璧だった。


「すっげえ、すっげえ、お前天才っ」


 歌い終わった太一の手を取って零介が自分のことのように躍り上がって喜ぶ。みんな我に返って割れんばかりの拍手。太一は困った顔をして照れている。


「最初はなんだかとげとげして嫌な感じだったけど、こうして見ると案外いい人なのかも」


 的射はつぶやいた。

 つかつかとアンダがやってきて順平にマイクを押しつける。


「順平の番よ」

「いや、僕はいいよ……」


 目を丸くして両手を振る。


「曲が決まってないんでしょ。じゃあ、あたしとデュエットね」


 アンダは順平を強引にステージに引っ張り上げる。すでに入れていたのか、すぐに聞き慣れた恋の曲が流れ始めた。アンダは順平の腕を放さず、組んだまま身体を密着させる。


「アンダ、浮気者~」


 零介が合いの手を入れる。


「写真家の彼が怒るぞーっ」


 そんな声など聞こえないかのようにアンダの頬が艶めいた桜色となっている。順平も照れたように彼女を見ている。ちらり、とアンダと目が合う的射。アンダは余裕たっぷりに微笑んだ。


「な、何よっ」


 的射は端末で、自分も知ってそうな曲を探す。二人のデュエットが終わると的射はすぐさまラテン系ロボットの腕を引っ張ってステージに上がった。スリープモードからいきなり起こされたロドリゲスは目をぱちくりしている。


「ロド、歌うわよっ」

「お任せロドリゲスでゲスーっ」

「待ってました、先生っ」


 的射の登場に皆が盛り上がる。

 だが。

 完璧な音程とリズムのロドリゲスに対して、的射は……。

 メロディからかなり外れた音に、皆の表情が微妙になる。歌っている本人もそれに気がついたようで、次第に声が小さくなり、眼が潤む。

 聞いているのが辛くなったのか、的射から皆の視線が離れていく。フロアからざわめきが上がり始めた。

 曲が終わると的射はしょんぼりとうずくまるように席に着いた。ステージの横では主賓の的射のことなど忘れたように、マイクの取り合いが始まっている。


「先生、カラオケは初めてだったんですか?」


 的射にジュースを渡しながら順平が横に腰掛けた。うなだれながらうなずく的射。


「なんか、僕ほっとしましたよ。何から何までかーんぺきな先生が、ちょっと歌が不得意だって知って」

「悪かったわね、どうせ下手くそよ」


 順平の言葉に、的射が口をとがらす。


「アカデミーでは興味のある子は音楽もやってたけど、私興味が無くて、全然取ってなかったの、音楽の授業を。だから、自分がこんなに下手だって知らなかった」

「的射先生、声が綺麗だから、きっと練習すればうまくなりますって」


 順平の目が優しい。北村先生も、こんな優しい目だった――。


「困ったな、今日は先生に元気を出して貰おうと思った会だったのに」


 今にも泣きそうな顔になった的射をどうすればいいのか、順平が焦る。


「みんなでワイワイやるって事なかったから、今日は楽しいわ。初等科とか、中等科ってこんな感じだったのかしら」

「逆に僕は商業中学校までしか出てないから、的射先生みたいにアカデミー出って雲の上の人みたいで憧れますけどね。僕は低重力バレーやっていて、プロになりたかったんですが、よく考えると低重力環境ってほとんど無くて、チームも少ないから、狭き門の割には食べていくのが困難だったんです」


 順平は頭を掻いた。


「そうだ、先生はなんで産業医になったんですか?」

「そうね」


 的射は視線を遠くにさまよわす。


「AI達と人間がどのような関係になっていくのかがいつも気になっていて、医師としてどうやって関われるかと考えたの。産業医ならそのせめぎ合いの一番ダイナミックな場面に立ち会えるかな、と思って」

「す、凄いな。なんか、流されるまま事務職になった僕とは大違いだ」

「事務で良かった」的射がつぶやく。「順平がプロになってたら、会えてなかった」


 順平の口が半開きになった。ステージでは皆が入り乱れてダンス大会となっている。


「僕ちゃんも踊りますう」広くはないカラオケの個室で、チュチュ姿に外見を変えたロドリゲスはグランジュッテを決める。


「邪魔よっ」


 アンダにどつかれて、空中で体勢を崩した彼はマイクスタンドに股間を……。


「ロードーリーゲースーっ」

「場所、変えましょうか」順平は頭を抱えた。

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