第31話 歓迎会

 数日後。


「せんせー、ちょっといいですかあ」


 産業医室にやってきたのは、順平、そして零介、太一のコンビだった。アンダと健診結果の確認をしていた的射は何事かと頭を上げる。そばに座って、スリープモードになってたロドリゲスも慌てて顔を上げた。


「最近元気がないんじゃないかってみんな心配してるんですよ」


 順平が心配そうに的射の顔を見る。


「歓迎会しましょう」


 仕事では見られないような満面の笑みを浮かべて零介が叫ぶ。


「俺たち気がついたんですよ。先生の歓迎会してなかったことに。ぱーっと宴会やったら気分も晴れますよ」


 太一が左手首を振ると、数少ないラブリュスの遊興施設が出て来た。


「えーっと、終業が17時だから、18時から……」

「ちょっと待った」


 目をつり上げたアンダが、手を腰に当てて仁王立ちになっている。


「やっと昼が長くなったと言っても、年端のいかないお嬢さんを夜時間まで街に連れ出すなんて言語道断よ。第一あんたたちおじさんに囲まれて女の子が楽しいわけ無いでしょ」

「お、おじさん……ですか」


 皆20歳前後である男性陣が思わず絶句する。


「休日に、ランチでお食事会。お酒は無し。私が場所を設定するわ。いいわね」


 男性陣は、しゅんとしてうなずいた。




「ここさ、的射先生のためっていうより、アンダの趣味じゃないのか?」


 零介がぼそりとつぶやく。目の前にはワンプレートに載ったランチがあるが、どう見ても会費に見合った料理とは思えなかった。


「ボーイさあん」


 いつもよりさらに五割増しくらいにお洒落をしてきたアンダが手を上げる。曲げた左手にナプキンをかけ、ソムリエエプロンを着けた若い青年が、軽く頭を下げて近づいてくる。どこかでモデルをしていたと言われても驚かないほどの整った容姿である。


「お水のお代わりくださる」


 にっこりと微笑んで青年が手に持ったグラスに水をいで蓋をするとストローをさした。


「いくら昼期間で暑いからって、水を飲み過ぎじゃない、アンダ」


 前菜の蒸した魚介のサラダ串にかぶりつきながら的射が眉をひそめる。食べ物が浮き上がらないようにラブリュスでは串刺しになって出てくるか、くぼみのできた皿に埋めるようにして出てくる事がほとんどだ。スパゲッティなどは蓋のあるドーナツ状の皿に入っており、蓋に空いた丸い穴からフォークを入れて巻き付けて食べる。スパゲッティに届かなくなったら蓋をまわしてまた食べていくといった方式がとられる。


 ここでは地球式のマナーは通用しない。美しく食べる以前に服に付かない、飛び散らせないことのほうが重要課題なのだ。だからか、ここラブリュスではテーブルマナーやドレスコードを守らなければいけないような気取った店はほとんど無い。


「だからって、それはないでしょ」


 ランチに集合した男性陣を見たアンダが上げた第一声はこれだった。

 順平はうす茶色の無地トレーナー、パースケは趣味全開の美少女アニメTシャツ、零介は薄汚れた作業着、そして太一は洗いざらしのランニングシャツ。一方ロドリゲスはまるで仮装のような燕尾服モードである。

 厳しいマナーはないとしても、ここは一応予約がいるようなレストランである。

 もう少しきちんとした服装をすべきなのに、こいつら常識ってものはないのか、とアンダは周囲の男どもにカリカリしている。

 しかし。彼らはそんなアンダを気にするふうもない。


「これ、味しねえんだけどさあ。食べ物よりボーイさんの見栄えにお金がかかってんじゃないか」


 太一はまるで焼き鳥を食べるかのようにぐいっとサラダ串を口でしごく。


「ここさあ、あれだろ、夕食時にボーイさん含めて婚活マッチングパーティが開かれる場所だろ、アンダ御用達の。最近アンダが追いかけてる写真家のイケメン彼氏もいるはずだぜ」


 零介が暴露する。


「うるさいわね、ゼロワンコンビ」


 顔を赤くして彼らを睨むアンダを、パースケと順平が慌てて両側からなだめる。


「さっさと次に行こうぜ、次に」


 しゃべりながらも太一の前の皿はすべて空っぽになっていた。


「はやっ」みんな目を丸くする。

「あんた、味がするしないの前に味わってないでしょ」


 アンダの目がつり上がる。


「わ、私、まだ前菜しか食べてないわ」的射が焦って箸を動かした。

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