第22話 お任せ♡ロドリゲス


「ふうん、これね」


 倉庫に入った的射は表面が分厚い埃に覆われたゆうに2メートルはありそうな大きなヒューマノイド型ロボットを見上げた。地球時代後期には、人間にかなり似た一見人間風のロボットが量産されたが、これは強化樹脂でコーティングされた見るからに安っぽい造りで、人間に近づけようとした努力は毛ほども感じられない。


「パースケ、このロボットは?」

「地球時代後期に発売された、『僕はイケメンハートロドリゲス』シリーズの中の一体ですね」


 パースケは端末で検索しながらつぶやく。


「はあ? 何それ」


 的射は眉間にしわを寄せる。だが、確かに言われてみればこの安物ロボットの外見はラテン系の気の良いあんちゃん風だ。

 割れた顎、そして短いが派手にウェーブした金髪、下睫毛の目立つ大きな青い目。高くてごっつい鼻の下には左右に分かれた口ひげがカールしている、そして大きく前を開け放たれたシャツからは金色の胸毛があふれ出していた。


「これは、AIを搭載したロボットで、えっと、コンセプトは『さみしい君に愛を届ける、僕にお任せ♡ロドリゲス』だそうです。発売されたのは、『介護は任せて、ロドリゲス』『家事は任せて、ロドリゲス』『あなたのしもべ、ロドリゲス』の三種。これは、『あなたの僕、ロドリゲス』みたいですね。間違った使い方をすると暴走することもあったようです。発売されてすぐ廃版になったので、希少価値はありそうですけどね」

「また、マニアックな。あの社長のお爺さまのコレクションだけあるわ」


 首をかしげて的射がつぶやく。


「えっと、身体の変形は無理ですが、『サーフェイス カメレオン』機能が付いていて、表面の色を変えることによって、コスチュームとか外見を変えられる様です」

「これをどう変えても不気味にしか思わないけど」


 的射が首をひねる。


「これ、動きますかねえ」


 後ろから声をかけたのは全身に袋のような簡易防御パックを被った順平だった。


「あなた、来ないって言ってたじゃない」

「気になるんですよ、お二人が何をしでかすかわからないし。第一、ここは僕の部署の管轄ですからね。トップとして見守る責任があります」


 ちょっと気取った順平だが、手足のはえた袋のお化けのような格好で言っても、いまいち格好がつかない。


「動くかどうかは、電源を入れてみないとわかりませんが――」

「コレをどかさないと、奥のガラクタが取り出せないだろう。こいつ大きいからな、自分で動いてもらえればそれが一番いいんだが。なんとかならないか、パースケ」


 取り扱いマニュアルを検索したパースケは、胸の真ん中、胸毛に包まれた部分を指す。


「ここがスイッチになりますね」

「でも、ほぼ百年前のロボットだろ、押しただけで動くのか?」

「まずは試してみましょ」的射が手を伸ばす。

「ちょっ――」


 パースケが止めようとしたが、一瞬的射の手が早かった。

 カチッ。

 という音と共に、青い目に光が灯った。

 顔が下を向き、スイッチを入れた的射の瞳をまっすぐに見つめる。


「あーなたが、わーたしの、ご主人様でーすっ!」


 間延びした音声。次の瞬間、的射を止めようと腕を掴んでいたパースケの手にロドリゲスの視線が留まった。


「え」パースケの体が固まる。

「おーー前、くせものかっ」


 敵認定されたらしい。ロボットの左手がパースケに向かって一閃した。


「ぼへっ」


 潰れた紙風船の様な声を出し、パースケは空中をくるくると回転しながら後方に飛び去っていく。次にロボットは的射の方に手を伸ばした。


「暴走してる。危ない、下がって」


 的射の前に躍り出る順平。

 的射を後ろにかばいながら、彼は震え声で叫んだ。


「先生、今のうちに逃げて」


 そう言いながら、順平はロドリゲスの目をにらみ返す。ロドリゲスの目が光った。


「ぼ、僕は、足が動きませんっ。先生だけでも早く逃げて。僕はこ、ここで、で、できるだけこいつをくい止めます」


 ゆっくりとロボットの手が上がる。


「順平こそ逃げて、スイッチを入れた責任は私にあるわ」


 的射は前に出ようとするが、広げられた順平の手がそれを許さない。


「ダメです、先生、早く逃げてっ」


 ロドリゲスの眉がつり上がり、そして目が光る。手が勢いよく振り下ろされた。

 的射の悲鳴が倉庫に響き渡る。





 しかし、ロドリゲスはいきなり順平の右手を両手で掴み、ブンブンと大きく上下に振った。


「青き蝶の騎士より、これからもご主人様をどうぞよろしく――」


 そのまま、ロドリゲスは白目を剥いて背中から床に倒れ込んだ。

 的射は目を見開いて呆然とロドリゲスを見ている。


「バッテリー切れに助けられましたね」


 片手で頭を押さえながらへたり込んでいる、パースケがつぶやいた。

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