第21話 大掃除

 幸いにして、懸念された太陽フレアによる大きなトラブルは起こらなかった。

 社内の喧騒もおさまった一週間後。

 順平達は的射の指示で重い腰をあげ庶務課の大掃除に取りかかっていた。


「おい、換気をもっと強くしろ、埃を部屋の外に追い出せ」


 埃のアレルギーなのか、アイガードとマスクの下から滝のように鼻水と涙を流しながら順平が声を上げる。


「触らぬ神に祟りなし、触らぬ埃にも祟りなし。そーっとしとけば埃も悪さしないのに」


 と、いいつつ彼は激しく咳をした。


「馬鹿なこと言わないで。ただでさえ低重力で埃が舞いやすい環境なんだから。ここまで埃を貯めたのは自業自得、悔い改めなさい」


 厚いマスクにアイガードとエプロンという出で立ちで手伝いに来た的射が傍らの換気スイッチを押して最強にした。フィルターの付いた通風口に舞い上がった埃が吸い込まれていく。

 ラブリュスは大気があり、ある程度風が吹くと言っても、低重力のため対流が弱く地球ほどの風は吹かない。室内はなおさら空気が止ってしまうので、全館に空気が流れるように、空調設備が整っていた。

 換気が不十分だった溶接部も、社長の鶴の一声でなんと、溶接に影響が少ない最新型の集塵、換気装置が入ることになったという。監督をしている半蔵と、太一が嬉しそうに的射達に報告に来たのはつい数日前だ。


「掃除はロボット達にさせたら良かったのに」

「統括AIに拒否されたんです」


 顔をできるだけ離しながら、順平は積み上げられた箱を下ろす。


「『ホコリ、吸い込むと、コワレマス。拒否シマス』ってね、いやいやおかしいでしょこんなの」


 順平が鼻声で統括AIの口まねをした。


「俺たちだってホコリを吸い込んだら病気になるって言ってやったらいいんですよ」


 マスクを三重に付けた庶務課員も不機嫌そうに首を振る。


「言ったよ。でも『ワタシタチニハ、人間のような素晴らしい免疫機構が、アリマセンから』って、さ」

「下僕じゃないんですから、俺たち」

「あっちもそう思ってるだろうよ。何しろ高価なお偉いAIロボット様達だからな、誰でもできる仕事は自分達でやれってさ」

「課長っ」


 部屋に飛び込んできたのは、綿ぼこりを全身に付けた課員だった。


「倉庫、ガラクタでいっぱいですよ」

「わ、寄るなっ。僕を鼻水で窒息させる気かっ」


 そのすさまじさに思わず順平が慌てて身を引く。


「もう倉庫なんて適当でいいから――」


 背後でぎらん、と二つの目が光った。


「いいえ、聖域無しです順平。通路を占めた荷物の片付け場所を確保しないといけませんし、埃のたまった職場は健康に良くありません。全身用防塵マスクでも付けて仕事はきっちり完遂してくださいね」


 有無を言わせない口調に、課長はがっくりと首を落とす。


「せんせー、庶務の倉庫は我が社随一のカオス、ここ数十年誰も奥を見たことがない未知の底なし沼なんです」

「わかってます、社史を読みました。今の社長のお爺さまが買い集められたロボット関係の古物が詰め込まれているんでしょう。なんでもその浪費でアイモト工業は潰れそうになったって、やんわり糾弾してあったわ」

「そうです。慌てた現社長のお父様が反乱に近い形で会社の権限を奪い、なんとか立て直して事なきを得たのですが、後日、お爺さまが亡くなられた機会に目録を作りがてら古物を鑑定させてみると、揃いも揃って二束三文のガラクタばかりだったそうで。しかし、遺言で捨てるなと書いてあったため仕方なく倉庫に詰め込んで今に至る、と」

「社長はどう処分してもいいって言われたんでしょ」

「ええ、社長の興味は現在と未来なので、古いものには全く執着がありません。捨てるなり、持って帰るなり、売るなり勝手にしろと言われています」

「ま、価値が変わっているものもあるから、もう一度鑑定――」


 的射の言葉は大声にかき消された。


「課長っ」


 またしても体を埃だらけにしたさっきの社員が飛び込んでくる。


「人型ロボットが居ました、っていうか、いかにも機械人形って感じのガラクタ感満載の奴ですが」

「見に行ってみましょう。ついてきてパースケっ」


 的射が小走りで、倉庫に向かう。


「僕は行きませんからね、そんなほこりっぽいとこ」


 順平は出て行く的射達の後ろから怒鳴った。




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