第18話 切り札
的射は眉間に皺を寄せて目を閉じる。しばらく考えた後に、彼女は目を開いて意を決したようにパースケに向き直った。
「私にパスワードを音声入力させて」
「え? 先生、別なパスワードご存じなんですか?」
いいえ。的射は首を振る。
「でも、もしかするとこれが効くかも知れないの。これ以上聞かないで」
「どうぞ、事態はもうこれ以上悪くなりようがないんですから」
パースケが端末のパスワード画面を開く。
的射はゴクリとつばを飲み込んだ。
間違えたら、自分の声紋ごとこの切り札が盗まれてしまうかもしれない。
だが。彼女の勘は根拠も無いまま行けと叫んでいる。
『そう、前進しないと解決しませんよ』優しい声が的射の耳の奥にこだまする。
――声は大きくなくてかまいませんが、音紋を正確に認識させるため対象物にまっすぐに向いて話してくださいね。
「みんな、近くに来ないで、誰も見えないようにして」
「おい、みんな離れろ。パースケ、パスワードが外に漏れないように先生をすっぽり防音シートで覆え」
順平の手配ですぐさま運ばれてきた工業用の分厚い遮光防音シートを被ると的射の周りは音と光が遮断され、静かな闇に閉ざされた。ディスプレイのぼおっとした灯りのみが的射の顔を照らしている。
「北村先生……」
端末のマイクに向かって紅い唇がかすかに動いた。
「
その瞬間。
今までの暴走が嘘のように、突然AIロボット達が停止した。
彼らはキョロキョロとあたりを見回し、そして服を着ていない我が身を見て、呆然と立ちすくむ。
手から落ちた盆が床にゆっくりと落ちて跳ね上がった。
「す、すみません、私たち、何をしていたのでしょう?」
「通常業務ではないことは確かですが、まあ、気に病まないで。誰だってそんな時もありますよ」
ハンナが管理AIロボットの肩を叩く。
「な、何をしでかしたのでしょうか。大変ご迷惑をおかけしたようで、すみません」
彼らはがっくりとうなだれて、床に脱ぎ捨てた服を集め始めた。
AI達が正気に戻ったのを見て、室内に歓声があがる。
しかしその中で、的射だけはシートの横に立ちすくんでいた。
「やっぱり先生、近くにおいでだったんですね」
的射の両目から涙があふれて、ぽろぽろと宙に散った。
「そして、出てこられないと言うことは、きっと敵も近くに居るということですね――」
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