第17話 無能音頭でドンパンパン
叫びたくもあろう、この光景。
そこかしこでエラーの赤ランプが点滅している。
眼下には鉱石を手に右往左往する運搬ロボット達。溶解した鉱石を流すラインは止まり、
「私は無能で進歩もない。私は無能でやる気も無い。私は無能でどうしよっもない。あ、それ、無能音頭でドンパンパン」
中央で三体の金属加工部門所属の管理AI達が、額に細長い布を巻き、輪になってどこから持ってきたのか、丸盆を持って踊っている。調子っぱずれの唄がここまで聞こえて来た。
「責任重すぎ、こんな仕事っ。面倒っくさい、こんな仕事っ。さっさと辞めたい、こんな仕事っ。あ、それ、やけのやんぱちドンパンパン」
ラインは停止しているが、人間の社員達は、そこかしこで点滅するエラーを示す赤ラインに対応するため大騒動である。
「おいっ、パースケっ、聞こえてるかっ」
順平がかみつくような声で手首の端末に叫ぶ。
「それって、僕の事ですか?」
眼下で首をひねりながら、端末を操作しているパースケが手を振ってきた。
開き直っているのか、鈍いのか、そののんきな返答が、順平の怒りに油を注ぐ。
「決まってるだろっ。お前何をやらかしたんだ」
「え、二つ三つプログラムに、AIの機能が鈍化するように変更を加えたくらいなんですが、どうしてこんなことになったのか、皆目見当がつかないんです。もうどうしようも無くて」
今度はAIロボット達が体をくねらして、端末を持って立ちすくむパースケの周りを楽しそうに唄いながら練り歩き始めた。
管理AI達はロボットといえども通常のロボットを指令する格上の立場にあり、形態だけは人間に似せて造られている。そして普段は機械の体の上から作業服を身につけているのだが、今、彼らが着ていた作業服は、床のあちこちに脱ぎ散らかしてあった。ジョイントむき出しの機械の身体で彼らは楽しそうに踊っている。
管理AI達はパースケの上着を何度も引っ張る。あきれたことに、もうお手上げとでも言うようにパースケも上着を脱ぎ捨てて貧相な上半身を晒しながら一緒に踊り始めた。
「無能で上等、無能が1番、無能が楽だし、無能でけっこう、無能は無敵だ、ホホイのホイ、はあっ開き直ってドンパンパン」
「あいつら、何をしているんだ?」
「酔っ払った時の俺の先祖みたいだ」
零介がつぶやいた。
「昔地球にいた俺のご先祖様が、飲み過ぎたときにネクタイって首に付ける細い布をああやって額に巻いて丸い盆を手に持って裸で踊っていたらしい。で、あまりの品の無さに激怒したばあさんが証拠写真を撮って、後日絞り上げたらしいけど、なぜかその写真だけが口伝とともに子孫に伝えられているんだ」
「うわ、それ絶対に嫌だ」
順平が顔をしかめる。
「僕だったら成仏できない」
「火事で俺の家が全焼した時、気が動転した親父が持ち出したものと言えば、その写真だけだったらしい。実は俺の親父も酒が入ると裸で踊り呆ける質で、親戚からは先祖のばあさんの呪いだと噂されている――」
語り続ける零介を放置して、順平はオンにしたままのブレスレット型端末に叫ぶ。
「聞こえてるか、パースケ。お前そんな地球時代のプリミティブな風習を奴らのプログラムに組み込んだのか?」
「し、知りませんよーっ」
パースケが悲鳴を上げる。
「すぐそこに行きます。元のプログラムも残してあるんでしょ。パースケ、すぐ踊りを止めて、上書きしておいて」
的射が叫ぶ。
三人は階段を跳ぶようにして降りて、金属加工場に駆け込んだ。
なにごとかと他の部署からも社員が詰めかけているが、順平がすぐさま彼らを整理し、関係者以外立ち入り禁止にした。
「プ、プログラムを上書きできません」
パースケの顔が青い。
「アクセスするためのパスワードが効かないんです」
「社長に相談したの?」
「あいにく昨日から地球に出張なんだ。通信状況が悪くて連絡できない」
順平の言葉に的射の顔から血の気が引く。
「な、なんとかならないの? ねえ、パースケ、一流魔道士の詠唱でもダメなの?」
「このラスボス、半端じゃないんです」
「管理AI達、乗っ取られてるのか? おい、作業中のセキュリティは万全だったんだろうな」
零介が叫ぶ。
「え、ええ。外部からのマルウェアは一切遮断できているはずです」
「外部から?」
的射の目が光る。
「じゃあ、イントラネットを介してクラッキングされた可能性はあるの?」
「会社内には、あらかじめ危険プログラムがないことをマルウェア対策ソフトでスキャンしています」
「社長室はどうなの? あそこ怪しいわよ」
「訳のわからない端末が沢山あると伺っていたので、社長室の端末とは遮断させていただきました」
的射は目の前で品のない踊りを踊るAI達をじっと見る。
頭を抱える、パースケと順平。管理AIは相変わらず踊っているが、非常用の手動操作でやっと加工ラインは無事に止まり、赤ランプが消えている。
思わず床にへたり込む社員達。
「おいパースケ、こんなベタなギャグをかませやがって。AIへ何か恨みでもあるのか? いいか、このまんまだと金属加工ラインを動かせない。ここは鉱石を精錬、成型するこの会社の中でも大切な部署の一つなんだ。お前、俺たちの会社を潰す気か?」
零介の三白眼が血走って、パースケに迫る。
「僕は無実ですう」
胸ぐらを掴まれたパースケは空中に浮いて手足をジタバタさせる。二人の会話をじっと聞いていた的射の顔色が突然変わった。
「難度の高いセキュリティの突破、プログラムの改変、そしてベタなギャグ。まさか――」
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