第15話 パースケ

 後日、的射と順平は社長に呼び出された。


「先日は本当に申し訳なかった」


 社長はまた天井が落ちてきたことを謝った。言葉だけではなく、すぐ全社屋の点検と天井の補強を行ってくれた事に的射は満足している。


「何か、私にご用事があるとか。何か不都合でも?」


 的射の顔が輝く。


「溶接部門の環境が酷すぎます。換気設備の整備と、防護具の再検討をお願いしたいのですが。このままではあそこから病人が多発して取り返しのつかない事になります。作業環境測定の数値も最悪でした」

「ああ、その件は順平から報告を受けている。順平が動いているから、安心して任せて。タイトは癖の強い奴だが、もの柔らかで各部署とのすりあわせが上手な順平に任せていればなんとかなるよ」


 的射の目が丸くなり、思わず傍らの順平を見上げる。順平はにやりと笑ってうなずいて見せた。頼りなげに見える順平だが、各部署と折衝しながら仕事を遂行する事にかけてはけっこうやり手なのかもしれない。的射の頭の中を察したかのように、社長は順平の肩を叩く。


「的射先生、この順平は事務職の武芸十八般と言われている事務能力検定試験の最上級ランクである特Sに受かった優秀な奴なんだよ」

「確かに料理はうまかったけど……」


 的射は上目遣いで安全管理者を見る。


「せんせー、疑ってるでしょ」


 申し訳なさそうに的射はゆっくりと顔を縦に振った。


「他には何か力になれることは無いかね」


 的射は遠慮無く、人事部の無礼とAIのパワハラについても報告する。


「那須先生、いろいろ社員が失礼を言ってすまんかった。横柄な態度については、改めるようにわしからきつく叱っておく」


 話が早い。さすがここまでの会社を興した一族である。社長は任しておけとばかりに胸を叩いた。


「ありがとうございます。あまり改善をしないようであれば勧告しようかと思っていました」


 的射の強気が伝わったのか、社長の表情は神妙だった。


「管理AIのプログラムはどうにかなりますか?」

「あの子達は、わしが手塩にかけたAIでな、他の奴らにはプログラムに手を入れて欲しくはなかったんだが……仕方ないもう少し当たりが柔らかくなるように外部機関の手を借りようと思う。自分の作った子供達が、手におえなくなって、他人の力を借りる。仕方ないことだが、自分の無力さを感じるね」


 社長は観念したかのように言うと、さみしげに笑った。


「懇意にしている会社からAI専門のSEを送って貰おう」

「良かったですね。これからも先生、どんどん指摘してください。そうすれば僕らがなんとか解決法を探りますから」


 順平がにっこりと的射に笑いかけた。






 数日後、アイモト工業に現われたのは、分厚い丸眼鏡をかけた薄緑の髪の痩せた青年だった。視力の異常はほぼ点眼、最悪手術で治る時代である。眼鏡はファッションのためか、目の防御のためか、薬が合わないか。いずれにせよかけているものはごく少数だった。


「初めまして、あーーーっ」


 的射達が入ってくるのを見て、応接室の椅子から勢いよく立ち上がった青年はものの見事に浮き上がって、手を振り回して頭から前のテーブルに突っ込んだ。紅茶の入ったカップが浮き上がり、どろりとした液体をつれて彼の頭にひっくり返る。


「あつっ、あつっ、あつっっっっ」


 青年は粘性のある紅茶を慌てて腕で拭う。


「大丈夫ですか」


 順平がさっとタオルを差し出した。


「あ、ありがとうございます。テーブルが固くなくて助かりました」


 額をさすりながら青年はタオルで顔と頭を拭く。


「ええ、高重力環境から来られると皆さんこうなるので、この会社では壁やテーブルなどの危なそうな所は要所に衝撃吸収材を貼っているんです」

「元いた所は重力が高めだったので、勢いよく体を動かす癖が付いていて。すっ、すみません」


 体が浮かないようにテーブルにしがみつくようにして椅子に座ると、派遣SEは思い切り頭を下げる。

 べりっ。

 勢いが良すぎて、ソファの磁性繊維からズボンが離れる。


 どがしゃんっ。


 今度は机の上で一回転し、彼は背中から床に落下した。手首もぶつけたのか、端末からスクリーンが表示され、名刺が空中に投影される。



■エクセレンスSE株式会社 トラブルシューティング課 パーティ・スケルトン■



 青年は目を回して床に伸びていた。


「この人、だ、大丈夫なの?」


 的射のつぶやきに、順平は無言で首をかしげるしかなかった。


「なんだかこの人、おっちょこちょいですべてをパーにしちゃいそう。彼のことはこれからパースケと呼ぶわ」


 額に手を当てて的射がつぶやいた。






「いやあ、すみません」


 情報管理室に案内されたパースケは、眼鏡越しに網膜認証すると早速持参のノート型端末を開く。

 その瞬間、空中いっぱいに現われたのは、なんと、羽の生えた極めて露出の多いホログラムの妖精達。とりわけ胸の盛り上がりが目立つ、太ももがギリギリまで露出された真っ赤なドレスの妖精が飛び出して妖艶な声でささやく。


「魔道士様あ、今日のご命令は何ぃ?」

「うっ、わあああっ」


 絶叫したパースケが電源を切って、肩で息をする。


「プ、プライベート仕様のを持ってきてしまった……」


 そおっ、と後ろを振り向いたパースケは、後ろで固まっている二人と目が合った。


「嗜好は個人の自由ですが、仕事はきっちりお願いしますね、魔道士様」


 半眼になった的射が極寒のトーンで釘を刺した。



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