第4話 アイモト工業

「社長、産業医の先生がお見えです」

「おお」


 ドアごしに、しゃがれた大きな声が返ってきた。


「入りましょう」


 青年がドアを開けると、そこには殺風景な今までの社屋からは想像もつかない空間が広がっていた。

 さほど広くも無い部屋の壁一面にスクリーンが設置され、各工場の稼働の様子が刻々と映し出されている。デスクの上にずらりと並んで唸りをあげているのは、高性能コンピューターの数代型落ちと思われる大きな箱。床には、まるで縮れた麺をぶちまけたようにケーブルがとぐろを巻き、正面の社長用と思われる大きな机の上にはひときわいびつな形の大きなPCが、バリケードを築くかのように乗っかっていた。

 順平は慣れているのかひょいひょいとケーブルの隙間に足を下ろしながら部屋に入っていく。


「社長、この部屋どうにかならないんですか。こんなに機械を積み上げて、倒れたら危ないですよ。それに引っかかりそうな足元のこのケーブル。古式ゆかしき無線LAN使えばいいのに」

「うるさいな、伝統美に満ちたわしの電脳要塞にケチを付けるのか? 通信用のケーブルは我が発想の命綱じゃ。床にラーメンをぶちまけたようなこのカオスな光景がわしに無限のインスピレーションを与えてくれるのだ」


 バリケードの奥からくぐもったダミ声が返ってきた。

 PCの上からのぞいているのは頭のほんの一部。オールバックの白髪で、全体的にかなり後退しているが両眉毛の真ん中の部分だけは眉間まで髪がある、不思議な生え際をもつ額だった。


「それにしても、こんなに端末を並べなくてもいいじゃないですか」

「発想とはつまるところ、意識の奥底をサルベージする芸術だ。浮世から隔絶された空間で、ひっきりなしに繰り出されるカオスな画像がわしの意識を波立たせて発想の一本釣りをさせてくれるんだ」

「全く、凡人の僕には何をおっしゃっているかよくわかりません。物事はきちんと整理して理路整然と考えるからこそ、次につながる発想が出てくるんじゃないんですかね」

「その道は誰でも力業で通れる道筋だ、カオスこそが思考をワープさせて異次元に到達する手立てなんだよ、順平君」


 言葉と共に社長が立ち上がり、コンピューターの陰になっていた顔が露わになった。あの独特な生え際からつながる光沢の強い白髪は耳元で外にカールしており、日に焼けた右頬には深い皺が刻まれている。

 だが――社長の顔を見た的射は思わず息を飲んだ。

 皮膚に覆われた右頬とくっきりと境された左目と鼻から下はすべてスケルトン仕様で、内部で動く機械が透けて見えた。まるで歯車が透けて見えるアンティークの機械仕掛けの時計のようだ。


「初めまして、ゴードン・愛本です」


 的射に笑いかけながら、社長が手を差し伸べる。作業服から出た手は、皺のある顔貌とは裏腹につやつやしている。不釣り合いな長い指、毛穴のない陶器のよ白い白い皮膚。人間離れした美しい手。

 的射が握手したその手は、ほんのりした温かさがあるものの、人間独特の不均一な手触りでは無かった。


「びっくりしましたか、先生」


 ほぼ機械化された顔がぎこちなく笑みを浮かべた。


「え、あ、いえ――」


 言葉を濁した的射だが、驚きを隠すことはできなかった。


「見た目がグロテスクでしょう、この顔。ボディの大半と両手を手術した時には、まだ機械化部分を有機素材で隠すことが認められていたんですが、最近は元が人間でも、大幅に機械化されたところは人間そっくりに作ってはいけない事になっていてね」


「知っています」


 的射も小さくうなずいた。


「ま、自分で言うのも何ですが、わしは後日手術したこの不気味な顔が結構気に入っているんですよ。苦み走った、無頼の香りがしてね」


 ピンポン球のような左目の眼球が上下左右斜めに付いた人工外眼筋群の収縮でぎょろりと動く。少女は返事に困り、わずかに首をかしげたにとどまった。社長はその反応を気にかけること無く、ディスプレイに呼び出した的射の電子データーを確認する。


「へえ、先生はアカデミー出か。で、8才で医学研究科にスキップ入学、10才で医師免許を取得したんだ。さすがですな」

「周りはみんなそんな感じでしたから――」


 知的突出児を集めたアカデミーの出身者は、何かと好奇の視線に晒されることが多い。持ち上げられたり、過度な期待に萎縮させられたり、やっかみに晒されたり。そのせいで約束された栄光の階段を踏み外す者も多く、アカデミーでは外部機関に就職する所属者には社会と折り合いよくやっていくための『普通のふり』を徹底的に教え込んでいた。

 口ごもってしまった的射に気がつき、社長が話を変えた。


「ええっと、先生はこの工場の事をご存じですか?」

「産業医派遣協会では、衛星ラブリュスの低重力を利用して、惑星ヘーパイストスからの鉱物資源を精製し、工業製品に加工する工場だと聞いてきました」

「ええ、その通り。アイモト工業は、地球時代の町工場こうばから続く操業三百年の金属加工、機械生産の老舗なんです」


 老人の言葉と共に社長机の背後のスクリーンが工場正面を外から見た画像に変化した。さっき的射が待ちぼうけをしながら眺めたあの無骨な風景だ。


「ヘーパイストスは地球型の惑星ですが、地殻変動が今だ激しく人類が住むには適していません。今あそこには産業用ロボットと、いざというときに逃げ出しやすくするためシャトルに住む数人の統括責任者が常駐して常温超伝導に使われる稀少なアイギス鉱を採掘しています。その鉱石をこのラブリュスにシャトルで持ってきて精製、加工を行うわけです。重い鉱石も、低重力下だと加工が楽だし、化学的な処理の際にも物質の混合をかなり均一にできたりいろいろ利点があるんですよ」


 スクリーンには産業用ロボットが採掘する様子と、AIと人間が協議しながら仕事を進める様子が映しだされた。AIは金属部分がむき出しになっていて、一部にさびが浮かんでいる。


「昔はAIと人間、同じ外見にしていた時期もあったんですが10年前にAIによる無差別殺人があってから全面的に禁止されるようになりましてな。まあ、有名な事件だから先生もご存じだと思うけど」

「ええ、皆が騒然としていたのを覚えています」


 彼女にとっては、物心がついてしばらくたった頃にあった事件である。事件について論じ始めた彼女を、母親は怯えるような目で見た。その顔は今も覚えている。


「まあ、あれは社会構造が一変するくらいの大騒ぎでしたな」


 社長は虚空を見つめ、なかば独り言のようにつぶやいた。


「テロを起こしたAIロボットはセキュリティの網もすべてかいくぐり無差別殺人を繰り返した。最終的には捕まったが、外見が人と変らないため逮捕が大幅に遅れて、長い時間人間社会は恐怖に凍りつかされた。なんでもプログラムにトランスポゾン変異が組み込まれていたらしいが――」


 社長が顔に大怪我をしたのはその後なのだろう。人間にまで機械部分の非可視化禁止が適応されたほど、あの事件は社会全体に機械知性に対する相当強いアレルギー反応を引き起こしたのであった。

 ふと、我に返った社長は的射を見てにっこり笑った。


「さて、先生。これが当社『アイモト工業』自慢の工場です」


 映し出される画像には、選別された鉱石が溶かされる様子、溶鉱炉で溶かされて合成金属にされる様子が映し出されていた。画面にはAIロボットを中心としたロボット群ばかりが出てくる。


「ここからまたいくつかのラインに乗って、簡単な機械部品の生産も行うんです。先生、どうかしましたか」


 食い入るように画面を見ていた的射がつぶやいた。


「社員の方が映っていませんね」

「あはは、先生さすが鋭いですね。生身の社員はここに勤めても短期間ですぐ居なくなってしまうんです。肖像権の問題で退社後にいちいちそいつが映っている場面を消さなきゃいけないから、最近は写してないんですよ。ま、彼らの気持ちもわからんではない。低重力に長く居すぎると重力のある場所には帰りにくくなりますからね。子供ができると成長期が過ぎるまでは低重力下に置きたくないという家族もいるし、結婚したら辞めちゃう若いのも多いんですよ」


 社長は、新任産業医の不安げな表情に気づいたのか右目でウィンクした。


「大丈夫ですよ、先生。みな長続きはしないけど、他に比べたら我が社は給料がいいからすぐ次の社員が入ってくるんです。ここは一気に財産をためようと思ったらいい会社なんですよ。たいして難しい仕事があるわけじゃない。ごく一部の部門を除いてはここでは、人間様はお飾りですからね」

「社長、お飾りなんて言わないでください。みなそれぞれ一生懸命なんですから」


 たしなめられて、社長は肩をすくめる。

 見かけは若いが、この順平は社長にかなり顔が利くようだ。


「で、例の話はしたのかね」


 社長からふられて、順平の表情がちょっと硬くなる。


「いえ――」

「何ですか、順平。例の話って」


 的射の目が鋭くなる。


「実はね、先生が来る前にここの産業医だった先生が、亡くなったんですよ」

「それは存じ上げています」

「その原因なんだが――」

「病気と、うかがっていますが」


 社長と安全管理者は顔を見合わせた。

 視線で軽く押し付け合いがあった後、赤毛の青年が口を開く。


「実は……、変死なんです」

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