思い違い

青いひつじ

第1話

ある日。

私は、とある書類を受け取りに役所へと向かった。

受付番号を取り、椅子に腰掛ける。

田舎の役所は、なにを待つことがあるのかと思うほど、みな暇そうである。


10分ほど経ち、番号が呼ばれた。

アクリル板の隙間からは、2枚の書類が出てきた。



「こちら、自治体と一緒に行なっている"伝えようキャンペーン"の広告です。よろしければご覧ください」


「伝えようキャンペーン?」


「はい。誰か特定の方へ手紙を送っていただくという内容でございます」



受付の若い女性は丁寧に説明してくれた。

親族など身近な人、今まで出会った人へ、感謝の気持ちや、ごめんなさいなどの気持ちを伝えるというものらしい。


人との繋がりが薄くなってきた昨今、改めて繋がりの大切さを見直し、絆を深め合い、地域を盛り上げていくことが狙いだという。

そして、キャンペーン参加者にはギフト券1万円分が贈呈される。


ただし、ギフト券を受け取るには3つの条件があった。

①送る相手はこの地域に住む人であること。

②手紙で送ること。

③相手から、返信の手紙があること。



「ぜひ、参加してみて下さいね」



説明を受けた私の頭には、1人の人物が浮かび上がっていた。


1年前、私は、ある1人の女子社員に対して、ひどく敵対意識を持っていた。

彼女が私に何かしてきたわけではない。

しかし、そのふわふわとした見た目と、ふわふわした喋り声、歩き方、全てが私にとってストレスだった。


総務だった私は、彼女に小さな嫌がらせをした。

彼女からの申請をわざと遅らせて承認したり、書類に少しでもミスがあれば、校閲し、送り返した。

社員が使った急須は総務が洗う決まりだったが、彼女が使った時だけ洗わなかった。

翌日の朝、自分で洗う彼女を見ると私の心は満たされた。

若く、愛嬌があり、周りからチヤホヤされ甘やかされている彼女が許せなかった。


しかしある日、彼女が突然退職したと聞き、まさか自分のせいではないだろうと思いながらも、喉に小骨が引っ掛かったように気になっていた。



お互いこのままモヤモヤするよりはいいだろう。

そんな都合のいい解釈をして、緊急連絡先として残っていた実家の住所に、私は手紙を送った。

手紙には、当時のことを申し訳なく思っていると書いた。




手紙を送って1ヶ月が経った。

わざわざ手紙まで書いて謝罪したというのに、何ひとつ返信はなかった。

私がたまらず実家に電話すると、彼女が出た。



「はい〜」


この、到底賢いとは思えないふわふわとした声が苦手でしょうがなかったが、やはり今も苦手なままであった。



「あ、私、前田です。ほら、前のT会社で総務だった。急に電話してごめんね」



「前田さん〜??あ〜、何かの勧誘とかですかね?大丈夫です〜」



「あ、いや、違うの。私、少し前、あなたの実家に手紙を送ったの。届いたかしら?」



「え〜?手紙〜??あ、なんか1ヶ月前くらいに届いてたやつですかね〜?誰のことか分からなくて、間違いかなと思って捨てちゃいました〜〜」



「、、、あなた、本当に覚えてないの?」



「前田さん〜?ん〜〜いたっけな〜〜。ごめんなさい」



まるで、私のことなど眼中に無かったかのような言い方に、少し腹が立った。



「そんなはずはないわ。私、あなたに嫌がらせをしたのよ」



「そうなんですか〜〜?」



「そうなんですかって。あなた、私の嫌がらせが原因で辞めたんじゃないの?」



「辞めたのは家庭の事情で、時間的に働けなくなったので、それだけの理由ですよ〜」



「でも、あの時、少しは辛かったでしょ??」



「ん〜〜。ほんとに覚えてなくて〜。もしそうだったとしても、私の人生にとって重要なことではなかったので、もう大丈夫ですよ〜」




こう言われて私は気づいた。

私は、若くてきれいな彼女に、勝手に敵対意識を持って、嫌がらせをして、私のせいで傷ついたなどと、大きな思い違いをしていたようだ。


忘れられたのではなく、そもそも彼女の中に私など存在していなかった。








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思い違い 青いひつじ @zue23

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