◆サンゴ礁の泳げない魚

 赤ピンク黄色のカラフルな魚たちが住まう、色鮮やかな真昼のサンゴ礁。

どの魚たちも、元気に遊んだり泳ぎ回ったりおしゃべりしたり、暖かい光を浴びながら、楽しく暮らしていた。


「ねぇねぇ、鬼ごっこしない?」

「いいよ、やろうやろう!」


 しかし一匹だけ、ひとりぼっちの魚がいた。

他の魚と違って泳げないので、遊びに入れてもらえず、他の魚たちからは馬鹿にされいじめられてばかりだった。


「お前は泳げないから、仲間に入れてやらないぞ!」

「そうだそうだ、大人しくひとりぼっちでいろよな!」


 ただ、泳げない代わりに足があるので、岩やサンゴに這いつくばって歩くことはできる。しかし友達がいないので、やはりいつもひとりぼっちで岩の上を歩いていた。


 シンの潜水艦はサンゴ礁に近づいていた。

シンは出発して一週間近く長い間、じっと動かずにいたこともあり、心も身体も疲れていた。

ふと窓を覗くと、色鮮やかな魚たちが広大な空間を自由に動き回るのが見えた。

どの魚もみんな楽しそうに見えた。


「僕も一緒に泳いでみようかな」


 魚たちが楽しく泳ぐのを見て、シンも気晴らしに海中を泳ぎたくなった。

潜水艦を操縦し、更にサンゴ礁へ近づくと、シンは気密服を身につけて潜水艦から出た。

身体に刺激が加わると、力がみなぎってきた。


「やっぱり体を動かすと、気持ちいいね」


 肌に触れた水は、優しく温かく明るい色をしていた。

温かい水に包まれ、明るい光を浴びる。

シンは水中を泳いだことは何度もあったが、自分の目でこんなに明るい色の海を見たことはなかった。

真っ暗闇の深海で生まれたシンにとって、生まれて初めての体験のはずだが、同時に懐かしさや既視感にも近いようななんとも言えない感情も覚えた。


 もっと近くで魚を見ようと、シンは手足で水を掻き、サンゴ礁へ近寄った。

すると、魚たちは驚いて一目散に逃げていった。


「人間が来たぞ!」

「逃げろ逃げろ!」


 他の魚たち全員が素早く泳いで逃げる中、泳げない魚一匹だけは、足でゆっくりよちよち歩いていた。

そんな鈍間な魚を助けようとした者は、誰一匹いなかった。


 岩の上を必死に這いつくばる鈍間な魚を、シンは無意識のうちに自分と重ね合わせた。

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