◆泳げない魚だっている

 シンは、自分なりに楽でいられる自由な場所が好きだった。

それに対して大人たちは、周りの人たちに合わせて同じように動き、同じ作業を何回も繰り返すよう、シンに教えてきた。

そして、時間を守らせ、窮屈な場所でじっとするようにさせた。自分勝手な行動は許されないという。

しかしシンは、監視の目がある窮屈な場所が嫌いだった。遅刻してしまうことや居眠りしてしまうこともしばしばあり、しんどさを感じていた。


 周囲の他の子供たちは学ぶためではなく競争に勝つために寝る時間を犠牲にしてまで勉強していた。そんな中、シンだけは一番大好きな教科、理科を自分のペースで勉強していた。

大好きだからこそ、もっと知りたいからこそ、シンは他の誰よりも心から熱中し、勉強を楽しんでいた。


 ところが大人たちは、勉強は楽しむものではなく社会で成功するための手段であるといい、苦手教科の国語も克服させようとした。

だが、どんなに頑張ってもシンには無理だった。低い点しか取ることができなかった。


「僕にとって国語が苦手みたいに、この子も泳ぐのが苦手なんだ」


 シンの言葉に反応したのか、泳げない魚はシンが敵ではないと判断し、安静を取り戻した。


「魚にだって得意不得意があるんだな。泳いでる魚も可愛いけど、歩いてる魚も可愛い!」


 鈍間だけれど可愛い魚の一生懸命な様子を、シンはそっと見守った。

癒しのひとときはあっという間に過ぎ、もうお昼になった。


「そろそろ戻るか」


 泳げない魚に手を振ると、シンは潜水艦へ戻り、エンジンをかけた。


 泳げない魚は、今までに一度も褒められたことがなかった。

大きなクジラには笑われ、強いサメには睨まれ、弱い魚にすら馬鹿にされてきた。泳げない魚には誰一人も、彼を受け入れてくれる友達がいなかった。

だがそれも今日までの話。

潜水艦に乗った人間の少年は、泳げない魚を唯一馬鹿にしなかった。彼は鈍間だけれど彼なりに一生懸命生きているんだ、と。


 ただ一人、自分を肯定してくれた少年のことを、泳げない魚は忘れることができなかった。むしろ気が気でなかった。

泳げない魚はしばらく戸惑ったが、更に上へと進む潜水艦を見て、決意を固めた。


 そして、迷うことも無く走り出した。

他の魚たちが何の苦労もなく泳ぐ中、鈍間な魚は力の限り走った。どの魚にも負けないように。

途中で疲れても、一度も止まらずに、一番高いサンゴの山を目指し、硬い岩の上をずっと走り続けた。


 ようやく山の頂点にたどり着き、彼はサンゴの先端を蹴る。

そしてトビウオが空を飛ぶように、彼は大ジャンプし、潜水艦の後部に張り付いた。

そして、振り落とされないように、決して離すことがないように、しっかりしがみついた。



「まったく、奴はどこ行ったんだ!」

「ガイ様、あちらに潜水戦艦が見えます! 後を追いましょう!」


 ガイが苛立っていると、ガスが窓越しに潜水艦を指差した。

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