◆パパとママとの別れ

 長らくの間、シンはパパとママと平和で楽しい日々を過ごしていた。

今日もいつも通り学校へ行く。もちろん、よく読むお気に入りの本も忘れずに、カバンにしまって持っていく。

学校は家があるドームのすぐ隣のドームにあり、家から少し遠いため、毎日パパとママに車で送ってもらっている。


 シンはふと車の窓から、外の景色を見渡した。

外は真っ暗だ。昼夜関係なく当たり前のことだから気にならないが、あちこちで街灯や電飾が光っていなかったら一歩先すら何も見えないほど真っ暗だ。

それもそのはず、ここは本来、光の届かない深い海の底だからだ。


 少しの間外を眺めていると、ようやく学校のあるドームが見えてきた。

シンは暇つぶしも兼ねて、運転中のパパに話しかけた。


「ねぇ、あの大きな泡って、どうしてできたの?」


 パパは困り顔になりつつ少し黙った後、答えた。


「ああ、あの街を覆うドームのことか? 偶然できたんだ」


 シンの住む街をはじめ、海底のあらゆる都市はこの巨大なドームに覆われている。

基本的に物体はドームを自由に通り抜けられるが、なぜか液体の水だけは一切通さない。

そのお陰で、外部の海と内部にある都市は隔てられ、外から水が流れ入って来ることは、まずない。

よほど壊滅的な被害の出る大災害でも起こらない限りは。


「偶然って何?」

「何の理由もないってこと。たまたまそうなっただけだ」


 現在の文明における科学では、ドームがなぜできたのかはまったく解明されておらず、ドームを人工的に作る技術もまだ存在しない。一般の常識では『ドームは偶然できた』と言われているくらいだ。


「ただ、ドームができたせいで、元々住んでいた魚や生き物は住めなくなっちゃったけどね」


偶然とされていたのは、それだけではない。


「じゃ、なんで人間は海の中で生まれたのに、水の中で呼吸できないの? なんで泳ぐんじゃなくて二本の足で歩くの?」

「それも偶然だよ。本当のところはわからないけど」


 親子で話をしているうちに、ようやく学校へ着いた。

重いカバンを背負い、シンは車から降りた。


「今日も一日楽しんできて」

「気をつけて過ごしてね」


 見送ってくれたパパとママに、シンはうなずき、元気よく手を振った。


「うん、行ってきます」


 シンが校舎に入ったのを確かめた後、パパとママは車でその場を離れ、家へ帰って行った。

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