#38

――次の日の朝。


ディーリーはルーニーと顔合わせ、必ずラシュと仲直りすることを約束した。


しかし、夜のうちにラシュを見つけることができなかった。


それは先に彼女のところへ向かったクスラも同じで、ラシュは野営の場から姿を消していたのだった。


きっと誰かに何か言われるのが嫌だったのだろうと思ったディーリーは、時間が解決してくれることを信じ、団員たちと共に出発することにする。


ディーリーは皆に指示を出すと、馬を進ませながら思う。


たしかにラシュに納得してもらうには、少し言葉が足りなかったかもしれない。


身分の低い者が出世し、王宮で生きていくということはそれもまた戦いなのだと、しっかりと伝えるべきだった。


団員たちを――家族を守るための決断だと、もっと顔と顔を合わせて話し合うべきだった。


しかし、どんな理由があったとはいえ、娘の初恋の相手との関係を引き裂いてしまったのは自分だ。


うらまれても仕方がないかと、ディーリーが肩を落としていると――。


「団長! 敵襲です! 何者かがここらすべてを囲っています!」


周辺を見回りしていた団員が声を張り上げた。


ディーリーは野盗の集団か何かだと表情を歪めると、団員たちへ指示を出そうとした。


だが次の瞬間に、彼女の胸が矢でつらぬかれた。


「姉さん!?」


ルーニーは馬から落ちたディーリーに駆け寄り、クスラが全体の指揮を代わりに執り始める。


「どうだルーニー!? 姉さんは無事か!?」


「傷は幸運なことに急所から外れてました。けど、姉さんのこの症状は……矢じりに毒がられていたかも……」


「でも生きてんだな!? だったらいい! おい、誰か薬持ってこい! それと陣形を組んで敵にそなえろ!」


クスラの指示で鋼の抱擁カレス オブ スティールの団員たちはすぐに動き出したが、空からは無数の矢が雨のように降ってくる。


さらにはその矢の豪雨ごううに続き、前後左右から甲冑姿の兵士たちが向かってきた。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの誰もが気が付いた。


その兵士たちのかかげているはたは、自分たちが長い間住んでいた国――プログ王国のものだということに。


団員たちはなぜと声を張り上げ、クスラの指示で組んだ陣形が崩れ出していた。


「固まるな! 狙う打ちにされるぞ!」


混乱におちいった団員らを立て直すことは難しく、皆どこからか聞こえた声を聞いてバラバラになって逃げ始めている。


それでもまだクスラの隊とルーニーの隊の者たちは、彼女二人とディーリーの傍へと集まり、盾を構えて矢を防いでいた。


「おいルーニー! こいつはヤベー! お前は自分の隊を連れて川を抜けて逃げろ!」


殿しんがりならワタシがやります!」


「バカ! 川の先にも伏兵ふくへいがいるかもしれねぇだろ!? お前なら強引に抜けられる。ここはアタシらに任せて行けって!」


「イヤですよそんなのッ! みんなで一緒に行きましょう!」


動かないディーリーを抱いたまま、ルーニーは馬上にいるクスラに向かってうったえた。


今にも泣きそうな彼女を見たクスラは、ニカッと白い歯を見せる。


「頼むぜ、クスラ。お前にしか姉さんを頼めねぇんだ」


「クスラ……」


「おい! 全員アタシに続け! 隊列を組んで、後ろに誰一人行かせるんじゃねぇぞ!」


クスラはそう叫ぶと、自分の隊の団員たちと共に、三方向から向かって来る軍を迎撃げいげきしようと馬を走らせた。


去って行く彼女と団員たちの背中を見つめたルーニーは、歯を食いしばった。


クスラの言う通りだ。


今は何よりも生き残ることが先決なのだと思い、ディーリーを抱いたまま地面に置いた戦斧せんぷを握った。


そして、残った団員たちに向かって声を張り上げる。


「誰かディーリー姉さんをお願いします! 後はワタシに続いてください! 川を抜けてこの場から脱出するんです!」


動き出したルーニーたちを確認したクスラは、自分の隊の者たちと共にプログ王国の攻撃を防いでいた。


数でいえば圧倒的に差があるが、彼女は皆を鼓舞こぶして食い止める。


しかし当然三方向から囲むように襲ってくる敵に勝てるはずもなく、クスラの隊の者たちは殺されていった。


たかが数10人で、100を超える敵軍を相手にすること自体が無謀むぼう


しかし、それでもクスラと隊の者たちは鋼の抱擁カレス オブ スティールを――自分たちの家族のために命を張る。


「姉さんが後で聞いたらどやされるな」


剣を振り、得意のナイフ投げの技術で踏ん張っていたクスラは呟いた。


ディーリーはどんな酷い戦場でも、けして仲間を捨て石に使うようなことはしなかった。


たとえ生きて帰れないと思われる戦いでも、必ず生き残る算段をつける団長だったと、今の無作為むさくいに殿を買って出た自分を笑ってみせる。


「でもしょうがねぇよな、この状況じゃ。アタシは頭がわりぃし……。それに、家族を守るためならやるしかねぇだろ!」


しばらく乱戦を続けていると、戦っていたプログ王国の軍が退却を始めていた。


おそらくはこの場を迂回うかいして、ディーリーを連れたルーニーの隊を追いかけたのだ。


それに気が付いたクスラは、生き残った隊の者たちに指示を出そうとしたが、彼女の前後左右から無数の矢が降ってきた。


「クソったれがぁぁぁッ!」


全身に矢を受けたクスラは咆哮ほうこうすると、馬から落ちてしまった。


すると敵の歩兵が集まり始め、傷ついた彼女から甲冑を脱がそうとする。


それは正規軍がルーニーたちを追い、後を任されたのは雇われた傭兵だった。


余程、趣味の悪い連中なのだろう。


血塗れのクスラを裸にひんいて、この場で犯すつもりなのだ。


「やっぱ男はクズだ……」


クスラはそう呟きながら死を覚悟した。


もう戦えない。


自分と共に戦った仲間たちもすでに散り散りなっている。


このまま男に好きなようにされて殺される。


だが、クスラは満足していた。


ディーリーが生きていれば鋼の抱擁カレス オブ スティールはまたやり直せる。


一緒に行けないのは残念だが、家族さえ生きていればいいと、クスラは涙を流しながら笑っていた。


甲冑を脱がされ、下に着ていた衣服も引き剥がされそうになったとき、突然彼女を囲っていた兵たちが倒れた。


クスラは一体何事かと薄れていく意識の中で顔を上げてると、そこには顔に傷を持った少女――ラシュが立っていた。


「あぁ……。なんだよお前……? 逃げなかったのか……よ? ったく、相変わらずトロいなぁ……」


クスラはラシュに寄りかかると、そのまま息を引き取った。


その死に顔は、実に穏やかなものだった。


ラシュはそんな彼女を地面に寝かせると、混乱している兵士たちをにらみつける。


「ザザ! ここはわたしだけでいい! あなたは団を追って!」


そしてラシュはたった一人で、傭兵たちを皆殺しにした。

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