#37

――陽がしずみ、鋼の抱擁カレス オブ スティールは屋敷を出発し、プログ王国から出て行った。


門にて城壁を守っていた見張りの兵たちに止められたが、プログ王には説明をしてあると言い、強引に押し通る。


莫大ばくだい報奨金ほうしょうきんを得たこともあって、団員たちは皆馬に乗っていた。


さらには食料や医療品、衣類や武具を積んだ馬車もあり、これらならば隣国――さらに遠くまで全員で向かうことができる。


ディーリーは特に目的地を皆に伝えていなかった。


ただ次の仕事場――いくさのある地域を探すと口にしただけだ。


だが、それでも誰も不満をらす者はいない。


それはディーリーに一騎討ちでやぶれ、渋々ついてきているラシュもだった。


彼女は並んで進む団の最後尾で、ザザや仲間たちと共に静かに列に続いている。


肩を落としているラシュの背中を見て、彼女の後ろにいるザザたちの顔も暗い。


そんな状態で進んでいると、ザザが仲間たちへ声をかけた。


今すぐ引き返して故郷のある国へ戻れと。


「ほら、こいつはラシュからの餞別せんべつだ」


ザザは金貨の入った袋を荷物から出すと、馬に乗った状態で仲間たち一人ひとりにそれをほうった。


驚きながらも手を出して受けると、彼らは一体なんだといわんばかりほうけた顔をし、コラードがザザに訊ねる。


「おい、なんだよこれ? まさかオレら今日でクビってことか?」


コラードに続き、カドガン、エラー、ハーヴィンも口を開いた。


いきなり追い出すなんてあんまりではないかと。


そのときの彼らは、怒りや悲しみというよりも、なぜ国へ帰れといわれたのかが理解ができないといった様子だった。


不満や納得できないというよりも、意味がわからないといった戸惑いだ。


皆が口々に声を出す中で、ジョンソンが彼らを手で制止てザザに訊く。


「さっき決闘を止めようとしたせいかよ? あれはオレらなりにラシュのことを思って――」


「わかってる。お前らがあいつのこと気に入ってるのも、このままついて行きたいって本気で思っているのも、全部わかっていて言ってるんだ」


ザザはジョンソンの言葉をさえぎるように答えた。


そして、馬を彼の側に近づけて耳打ちをした。


ざわつく仲間たちを一瞥いちべつしたザザが離れると、両目を見開いたジョンソンは戸惑っている仲間たちに声をかけ、次に団の先頭の群が森に入ったらそこから引き返ようにと言った。


当然仲間たちは受け入れられなかったが、ジョンソンのあまりの迫力に圧倒され、それに従うと答えた。


仲間たちを納得させたジョンソンは、再びザザに声をかける。


激しい感情がいているのがわかるほど、荒げた声で。


「お前はそれでいいのかよ!?」


「……もう決めたことだ。お前らはオレが誘ったからな。無理して付き合うことないと思ったんだ」


「ラシュはたしかに良いヤツだよ! だけどよぉ、そんな知り合って間もねぇヤツに、そこまでついていく義理があんのか!?」


ジョンソンの切迫した顔を見て、ザザはフッと笑って返した。


そんな態度をした彼にジョンソンは、その胸倉を掴んで声を張り上げる。


「笑ってんじゃねぇぞ! つーか笑ってる場合かよ!?」


「ジョンソン。お前はいつか気立ての良いよめさんとガキでも作って、酒場でもやりたいって言ってたな。今がそのときだぜ。もちろん、後ろのあいつらも、これが足を洗ういい機会だ」


ザザは狼狽うろたえることなく、かといって反抗するでもなく、おだやかな笑みを返した。


そんな彼に対して、逆にひるんでしまったジョンソンは、掴んでいた胸倉を離すとそれ以上はもう何も言わなくなった。


そしてしばらく進むと、鋼の抱擁カレス オブ スティールの先頭の群が森へと入って行く。


それに気が付いたジョンソンは、仲間たちに声をかけて馬の足を止めせさると、去って行くラシュとザザの背中を見送った。


「ザザ、あなたはみんなと行かないの?」


これまで一言も喋らなかったラシュが、ザザに声をかけた。


ザザがただ愛想なく「ああ」とだけ返事をすると、二人から再び会話がなくなり、そのまま団の列に続いて森へと入って行った。


森を抜けた鋼の抱擁カレス オブ スティールの一団は、プログ王国からかなり離れたこともあって、川辺で一夜を過ごすことにする。


皆が火をき、テントを張って、野営の準備へと入った。


ディーリーが食事の準備を手伝っていると、そこへクスラが現れた。


彼女はラシュが仲間にした男たちがいなくなっていることに気が付いて、団長であるディーリーに知らせに来たのだ。


「放っておけ。元々連中はラシュの下についたんだ。私がどうこういうことじゃない」


「そりゃそうだけどよぉ。なんか変じゃねぇか? このタイミングで団を抜けるなんて」


「別に変じゃないだろう。奴らはプログ王国にある村や町の出身だろうからな。出世を断って故郷こきょうを出る傭兵団についてくるほうがおかしい」


「でも、なんか引っかかるんだよなぁ……。あいつらのリーダー格のザザは残ってんだぜ?」


「そうか、あの男は残ったか」


ディーリーはそういうと、切り刻んだ食材をまとめ、一緒に料理していた者に鍋に入れるように指示を出した。


そして、なぜだか嬉しそうな顔をしてクスラに訊ねる。


「そういえばルーニーはどうした? 出発してから姿を見ないが?」


「へこんでるよ。姉さんとラシュがケンカしたからな」


「おいおい。その言い方だと、まるで私のせいみたいじゃないか」


「半分はな。まあ、二人がさっさと仲直りすりゃ、すぐに元気になんじゃねぇの。アタシはちょっとラシュのとこ行って話を聞いてくるわ」


クスラは不機嫌そうな顔をすると、フンッと鼻を鳴らしてその場を去って行った。


そんな彼女の態度を見て、ディーリーはやれやれとあきれていると、周りにいた団員たちはクスクスと肩を揺らし始めていた。


そして彼ら彼女らは、クスラが普段通りになってきたと、ディーリーにいった。


そういわれたディーリーは、団員たちに笑みを返すと、プンスカと怒って去って行くクスラの背中を眺める。


「ああ、らしくなってきたな。あいつにはいつも救われてるよ」


ディーリーはクスラのことをたのもしく思いながら、後でルーニーをはげましにいき、ラシュにも声をかけねばと考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る