#36

体格差ではいえばディーリーが有利。


当然子供であるラシュのほうが手足が短く、リーチの長さでいえば彼女のほうが不利だといえる。


しかしそれでもラシュは、これまで自分よりも大きな相手を打ち倒してきた。


今さら体格差にひるむことなどない。


(そんなに出て行きたいのか……。私のもとから……。あのジェフって子とそこまでいたいのか……。ダメだ……そんなの絶対に許さん!)


先に動いたのはディーリーだった。


彼女の閃光のような刺突が放たれたが、ラシュは見事にそれをくぐり、ふところへと飛び込む。


格闘技でもそうだが、接近戦で小さい相手に低い姿勢から飛び込まれるのは嫌なものだ。


ディーリーは懐に入ったラシュを向かって、剣のつかをぶつけて下がらせようとした。


それを読んでいたラシュは、足を止めて剣を振り上げ、ディーリーもそれに対して刃を振り返した。


そこから互いの連撃が始まった。


ガキン、ガキンと金属を鳴らしながら母と娘が激しく打ち合う。


ラシュは嵐のようなディーリーの剣を打ち返しながら思う。


まばたきした瞬間に確実に頭をつらぬかれる。


一太刀合わせるごとに母の強さを感じる。


とても受け流せる様な剣速じゃない。


だが、戦える。


それでも自分の剣は母に負けてはいない。


いや、むしろ自分のほうが上だ。


これまでの戦いが自分をきたえ上げた。


本気で剣をぶつけ合った今ならわかる。


自分は鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長よりも強いと。


次第にラシュの剣速がディーリーを上回っていく。


下がらされていくディーリーを見て、団員たちの表情がくもった。


「ウソだろ……? 団長が、あの団長が押されてるなんて……」


団員たちからは声がれていた。


誰もラシュが勝つとは思っていなかったのだろう。


彼ら彼女らは驚きで声が震えるほどだった。


一方でクスラは予想していた通りになったことで、ここからなんとか巻き返してくれと内心で荒ぶっていた。


しかし防戦一方になっていくディーリーを見て、彼女はこのままでは不味いと表情をさらに歪めている。


「私を雑魚ざことでも思ったか? 傲慢ごうまんさが剣に現れてきたぞ。お前は顔に出ないが、剣に本音ほんねが出るからな」


激しい剣撃で下がらされながら、ディーリーはいつも変わらない口調で声をかけた。


ラシュはそれを母得意の心理戦だと知っていたのもあって、当然無視して剣を振り落とし続ける。


母はもう自分の剣を受けるので精一杯だ。


いくら言葉で揺さぶろうとも、母が自分の剣のくせを知り尽くしているのと同じで、そのやり方は通じない。


ラシュは勝利を確信した。


だが、次の瞬間。


ディーリーは剣を捨てて、ラシュの背後へと回り込んだ。


「剣に頼り過ぎるのはお前の悪い癖だ。いつも教えていただろう?」


「ぐッ!? ぐわぁぁぁッ!?」


剣を握っていた腕を取られ、ラシュはそのまま地面に押さえつけられた。


ラシュの体格ではディーリーの重さを跳ね除けることはできずに、関節を決められた状態で土を食わされる。


このままでは腕の関節が外される。


いや、折られる。


団員たちがそう思っていると、ディーリーはラシュから手を離し、倒れているラシュに背を向けた。


「私の勝ちだな。さあ、さっさと出発の準備をしろ。皆もだ。いつまでも見てるんじゃない」


結果としてやはりディーリーの勝利と終わった。


クスラや団員たちからはホッと安堵あんどのため息が漏れる。


だがラシュは顔を上げ、そういった母の背中をにらんだ。


そして、落としてしまった剣を握って立ち上がり、再びディーリーへと斬りかかった。


無防備になったディーリーの背中に、あと少しで刃が振り落とされるかという瞬間。


その場に金属音が鳴り響いた。


「ザザッ!? 邪魔しないでよ!」


割って入ったのはザザだった。


まだ戦おうとするラシュに気が付いた団員たちは、冷や汗を掻きながら彼に続こうとしていると、クスラが皆を止めた。


もう大丈夫だと。


「別に騎士になったばかりのお前に騎士道精神を説くつもりはねぇが、ここは退いとけ」


ザザはラシュの剣を受けると、静かに彼女に語り掛けた。


勝負はついた。


これ以上は無駄だと。


だが収まらないラシュは、歯をき出しにして言う。


「まだ終わっていない! わたしはまだ戦えるんだ!」


「わかってねぇのか。お前は……負けたんだよ」


ザザにそういわれたラシュは、剣を地面に落とし、その場でひざまづいた。


今にも泣きそうな声でうめきながら、ただ地面を見つめている。


両目をつぶったザザは、土に片膝をつけると、そんなラシュに寄り添った。


この場から去ろうとしていたディーリーは、そんな彼女たちのほうを振り返り、その口を開く。


「ザザに助けられたな、ラシュ。そいつのおかげで、お前に剣以外の長所があったことを思い出したよ。それは男を見る目だ」


地面にくっしている娘にそういったディーリーは、今度こそその場から去って行った。


「ラシュ……。ケガがなくてよかった……。本当によかったです……」


「待てよルーニー」


「クスラ!? 離してください! ラシュを! ワタシはラシュをッ!」


ルーニーはすぐにラシュに駆け寄ろうと立ち上がったが、クスラが彼女を止めた。


今のラシュを、自分たちではなぐめられないと。


しかし、納得のいかないルーニーは食い下がった。


もう決闘は終わったのだ。


せめて傷ついたラシュの傍にいてあげたいと、ルーニーは声を張り上げる。


「あなたは落ち込んでいるあの子を放っておけって言うんですか!?」


「あいつから見ればアタシらは姉さん派だ。なにをいってもうとまれるだけだぞ。今はあのザザってのに任せとくしかない」


「ですけど……。それでもワタシは……ワタシは……。くッ!? うぅ……うぅ……うぅぅぅッ!」


泣き出してしまったルーニー。


結果はどうあれ、肩を落としたラシュを見ていられなかった彼女は、これまでこらえていた涙があふれた。


それは他の団員たちも同じだった。


初めてディーリーに反抗したラシュ――そのやぶれて跪いた姿を見て、ルーニーに続くように顔をぬぐっていた。


「今はそっとしておいてやろう。なぁに、ただの反抗期さ。すぐにいつものラシュに戻るよ」


クスラはそう言いながらルーニーを抱くと、熱くなった目をそっと閉じた。

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