#35

鋼の抱擁カレス オブ スティールの誰もが理解していた。


これは稽古けいこではない。


ラシュは本気でディーリーと真剣勝負をするつもりなのだと。


そこへ騒ぎを聞きつけたザザが現れると、彼と共に入団したばかりの仲間たちが声を荒げて近寄っていく。


「大変だぞザザ!」


「ラシュのヤツが団長にケンカを吹っ掛けやがった!」


ジョンソンとカドガンが状況を説明すると、コラード、エラー、ハーヴィン三人がなんとか止めようと言葉を続けた。


彼らも知っているのだ。


自分たちを打ち負かしたラシュよりも、ディーリーのほうが強いということを。


「団の決まりなのかなんなのかは知らねぇが、他の奴らは動こうともしやがらねぇ! ここはオレらで止めてやろうぜ!」


「オレらがか? まとめてかかっても負けたお前らとオレで、今のあいつを止められるのかよ」


「ぐッ!? そりゃ……そうだけどよぉ。だけど、このままじゃッ!」


「いいからオレらの大将のがやることを見てろよ。あいつが生半可な気持ちでケンカを売るヤツじゃねぇことくらい、お前らだってわかってんだろ」


ザザの言葉で5人の仲間は黙った。


その通りなのだ。


短い付き合いだが、ラシュは自分から喧嘩けんかを吹っ掛ける人間ではないことはわかっている。


これは、彼女なりの覚悟があってやっていることなのだ。


ジョンソン、カドガン、コラード、エラー、ハーヴィンの5人は、身を震わせながらもラシュのほう見ると、ザザに従い、勝負を止めるのをあきらめた。


だが、二人の決闘を止めようとしたのは彼らだけではなかった。


ルーニーが、ラシュとディーリーの間に飛び出したのである。


「どうしたんですかラシュ? 朝稽古ができなかったことなら気にしなくていいんですよ。明日にでもワタシが付き合いますから」


「ルーニー……。悪いけど、退いて」


ラシュはルーニーを払って前に出ると、ディーリーにいう。


「母さん。わたしが勝ったら好きにさせてもらうから」


「まさか抜けるつもりなのか? 鋼の抱擁カレス オブ スティールを」


背を向けていたディーリーは振り返り、娘のほうを見た。


その表情は冷たく、まるで氷のようだった。


「そんなことは許さん。お前は私の子だ」


その表情のまま静かにいったディーリーは、腰に帯びていた剣を抜いた。


母が決闘を受けたと判断したラシュもまた、同じように剣を手に取る。


「ダメです! ダメですよ! 家族でこんなことするなんて!」


すると、再びルーニーが割って入ってきた。


彼女は前後から剣を向けられている状態で、必死にうったえかけた。


何か不満があるのなら剣ではなく話し合うべきだと、激しく取り乱しながらわめいている。


「みんなもなんで止めないんですか!? 家族が傷ついてもいいんですか!?」


「落ち着けよ、ルーニー」


「クスラッ! あなたこそ率先して止めなきゃいけない立場でしょう!?」


ルーニーは自分を止めようとするクスラに怒鳴り返した。


どうしてそんなに落ち着いていられるのかと。


しかし、クスラが強引に彼女の体を押さえつけると、他の団員たちも協力して、ルーニーをその場から連れ去っていく。


「ワタシを止めてどうするんですか!? 斬り合いなんですよ!? 二人のどちらかが大怪我するかもしれないんですよ! 最悪死ぬようなことになったら――ッ!」


「二人の問題だ。アタシらが口を出すことじゃねぇ」


「でもこのままじゃ!」


「昨夜のうたげかれて忘れちまったのか? 鋼の抱擁カレス オブ スティールを抜けたいときは、必ず姉さんの承諾しょうだくが必要だ。それでも抜けたいなら、もうやるしかねぇだろ……」


文句があるのなら、意見を通したいのなら剣で語り、奪い取れ。


それは、鋼の抱擁カレス オブ スティールが特別というわけでなく、傭兵なら誰もが知っている常識だった。


そのことはルーニーもわかっていることだったが、彼女は団の人間が本気で斬り合うことに耐えられないようだ。


だが、押さえつけられていたルーニーは、ついには地面にくっして、どうしてこんなことにと、うめき声をあげている。


「こんなのって、ないですよぉ……」


皆、彼女の気持ちは理解していた。


誰だって家族同然の人間が殺し合う様など見たくない。


ましてやラシュとディーリーは、団員たちが愛し、そして心からしたっている二人だ。


団の誰もが自分の身が切り裂かれる思いだが、これが彼ら彼女らが住む世界なのだ。


互いに剣を向け合い、ディーリーはラシュの目を見る。


その娘の目は、まるで敵でも見るかのように殺意がき出しだった。


そして、彼女は内心で思う。


いくら憎まれようとも、お前を手放してなるものかと。


向き合ったラシュとディーリーは微動びどうだにせず、剣を構えたままだった。


その沈黙に耐えかねた団員の一人が、軽い調子で口を開いた。


なんだかんだいってもディーリーがラシュを打ち倒し、二人とも無傷で終わると。


口を開いた団員は、この場の暗くなった空気を変えたかったのだろう。


人数こそ少ないが、彼がそういったことで表情をゆるませる者も出てきていた。


だが、クスラはそんな雰囲気を一蹴いっしゅうする。


「バカ、あれを見てまだそんなこといってんのか。今のラシュはマジて姉さんを殺すつもりで剣をにぎってんだぞ」


そう、そうなのだ。


それがわかったからこそルーニーは、すぐに止めに入ったのだ。


元々ラシュは剣の天才。


そして、今は数々の戦場で鍛え上げられた強者の剣となっている。


対するディーリーは、これまでに何度もラシュとの稽古で彼女を圧倒してきたが、それはあくまでラシュに殺意がなかったからだと、クスラは考える。


「だが、姉さんは実力だけで測れる人じゃねぇ……」


しかし、つぶやきながらクスラは思う。


ディーリーはこれまでも自分より強い者を倒してきた。


そのやり方は、けっして正々堂々といったものではなかったが。


彼女の強さはむしろ相手の得意技を奪うという、その頭の回転の早さにあるのだ。


どんな状況でも自分のペースに引き込み、そして勝つのがディーリーの強さである。


さらにラシュに剣を教えたのはディーリーだ。


その動きもくせも何もかも手に取るようにわかっているはず。


「頼むぜ、姉さん……。ラシュを止めてくれよ……」


クスラはそう自分に言い聞かせるように思うと、冷や汗をきながら、再びポツリと呟いた。

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