#34

「どうしたのラシュ? なんか元気ないね」


ザザと分かれたラシュは、ジョフの店へと来ていた。


ジョフは昨夜あれだけ鋼の抱擁カレス オブ スティールの団員たちと騒いだというのに、疲れた様子がまるっきりなかった。


むしろ店に入ってきてから一言も喋らないラシュを見て、心配そうにしている。


ラシュはそんなジョフに気をつかわせている自分に嫌悪けんおしながらも、今はあまり話す気になれずにいた。


「なんでもないよ。ちょっと昨日の夜に騒ぎすぎちゃったからかな」


「そう。もし間違ってたらごめんなさいだけど。ラシュが遅れてきたことは気にしないでいいからね。ザザさんが知らせに来てくれたし。ボクのほうは気にしてないよ」


笑顔でいったジョフを見て、ラシュは思う。


ああ、やはり彼は特別な人だと。


だから自分は誰とも顔も合わせたくない状態なのに、店に来てしまったのだと。


いろいろと打ちのめされていたラシュは、誰かに傍にいてほしかった。


ただ心配してくれる人と一緒に過ごしていたかった。


以前ならば、その役は母ディーリーだったりクスラ、ルーニーら団員たちだったのだが。


今のラシュの精神状態は、自分にはジョフしかいないとしか思えなかった。


「ジェフ、実はね……」


しばらくの沈黙が続き、ラシュは深呼吸をするとようやく口を開いた。


母であり、鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長であるディーリーが、今夜にはこの国を出るといっていることを。


目に涙を浮かべながら、弱々しい声で彼に伝えた。


「せっかくジェフに会えたのに……。もう一緒にいれなくなっちゃう……」


ラシュはえていた涙があふれ、顔がぐちゃぐちゃになっていた。


こんな顔をジェフに見せたくないのにと思いながらも、流れる涙を止めることができない。


その涙は彼と別れるだけでなく、もっと複雑な事情も交じっていたが。


ラシュはそのことはジェフに話さなかった。


「泣かないで、ラシュ」


ジェフはそういうと、泣いているラシュの体をそっと抱きしめた。


彼の体温が伝わり、その優しい声がラシュの耳元で続いていく。


「大丈夫だから。これで一生のお別れじゃないでしょう? ボクらはまだ若いんだ」


「ジェ、ジェフ……」


そこからのジェフは、まるでラシュをなぐめるように話を始めた。


自分は商人だ。


今までは他人に買い付けや輸入輸出を頼んでいたが、これからは自力で国の外に出るようにする。


そうすれば、どこかの国でラシュと会えるかもしれないと。


「無理だよ、そんなの……。それに、きっとその頃にはあなたにはかわいい恋人ができて、わたしなんか忘れちゃうんだ……」


「そんなことないって」


「だってわたしは剣しか能がないし……。女の子が覚えなきゃいけないことはなんにもできないし……。顔には傷があってかわいくないし……」


「女の子が覚えなきゃいけないことってなに? 料理や洗濯のこと? そんなの二人でやればいいよ。それとラシュはかわいい。少なくともボクは君のことが好きだ」


「うぅ……。ラシュ……ラシュゥゥゥ……」


ジェフに抱かれながら、ラシュは冷え切った心が暖かくなっていくのを感じていた。


そうだ、これが最後ではない。


彼の言葉が慰めるためのうその言葉でもかまわない。


何があろうが自分にはジェフしかいないのだ。


どこへ行こうが、これから誰と出会おうが、自分はまた必ずジェフのもとへ戻ってくるのだと。


ラシュはずっと迷っていたことを決意する。


「ありがとう、ジェフ。わたし……絶対に、ぜぇ~たいにまたあなたに会いに来るから!」


「うん。待っているよ。ずっとずっと、たとえおじいちゃんになってもボクはラシュを待つし、自分からも捜し続けるから」


――ジェフの店から出たラシュは、鋼の抱擁カレス オブ スティールの屋敷へと戻った。


門を開けて囲われているへいの中へ入ると、そこには馬車の準備や、馬を小屋から出し、えさをやっている団員たちの姿が見える。


ラシュに気が付いた団員たちが声をかけると、彼女は厳しい表情のまま軽く手を振って返した。


その態度を見て、団員たちは不安にられていた。


すでに皆が知っているのだ。


ラシュが初めてディーリーに反抗してことを。


今までに一度も母である彼女にとなえることがなかっただけに、今回はかなり引きずりそうだと、団員は何もできない自分のことを不甲斐ふがいないと思って落ち込む。


ラシュはそんな団員たちの想いなど知らず、不機嫌そうな表情で屋敷の中へ入ると、そこにはクスラとルーニーが何やら話をしていた。


「おうラシュ。戻ったか」


「夕食の時間はちょっと早めになるから、戻ってくれてよかったですよ」


二人は帰って来たラシュに、普段通りに接した。


だが当然他の団員らと同じく、彼女たちも内心では心配している。


顔を見ればまだラシュが、国を出ると決めたディーリーに良くない感情を持っているのがわかる。


しかし、それでも下手なことをいえば、さらに彼女の機嫌をそこねてしまうだろう。


ラシュの気持ちを――火に油をそそぐのだけは避けたい。


そう考えたクスラとルーニーは、普通に声をかける以外に何も対処が思いつかなかったのだ。


「母さんはどこ?」


「えッ? 姉さんなら外にいるけど」


クスラが答えると、ラシュは屋敷の外へと出て行った。


これは不味いと互いに顔を合わせたクスラとルーニーは、慌てて彼女のことを追いかける。


だが、一足遅かった。


ラシュは背を向けて立っているディーリーに、すでに声をかけていた。


「どうした? そんな怖い声を出して。まだ怒ってるのか?」


「母さん……わたしと勝負してッ!」


突然響き渡ったラシュの声に、団員たちの視線が一斉に集まった。

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