#39

――ルーニーは川を抜けて、プログ王国の軍の包囲から逃げ伸びたが、まだ追撃されていた。


隊の仲間たちも次々に死に、彼女は生き残った者たちと共に、なんとか山岳地帯まで落ちびる。


だがプログ軍はまだ諦めてはいなかった。


敵がまだ追いかけて来ることに顔を歪めながらルーニーは、毒で動けないディーリーに声をかける。


「姉さん……。もはやこれまでです。ですが、姉さんさえ生きていれば……」


「ルーニーお前……何をするつもりだ……?」


苦しそうに訊ねてきたディーリーに、ルーニーはニッコリと微笑んだ。


そして袋から薬を出すと、彼女の口へとそっと運ぶ。


「少しの間だけ眠っていて……。起きた頃には敵は消えていると思いますから……。そしたらまた鋼の抱擁カレス オブ スティールを……」


「何を……言っているんだ……? 私も戦うぞ。剣……私の剣はどこだ……?」


「さよなら姉さん……。ルーニーは、あなたは守るために戦います……」


「やめろ……ルーニーッ! 許さんぞ! そんなことは許さん!」


ルーニーはそういうと、嫌がるディーリーに薬を飲ませた。


口の中へと押し込み、その身体を押さえつけながら無理やり飲み込ませる。


「ごめんなさい。でも姉さんだけは生き残って……」


それからルーニーは、集めた木の葉や岩を使って眠っているディーリーを隠した。


生き残った彼女の隊の団員たちは、その様子をただ悲しそうに見ているだけだった。


ディーリーを埋め隠したルーニーは、団員たちに逃げるようにいうと、戦斧せんぷを持ってプログ王国の軍がいるほうへと歩き出す。


団員たちが彼女の後に続こうとしたが、ルーニーはそれを拒否きょひした。


山岳地帯を超えれば国境付近に出る。


そこまで行けば安心だ。


このまま皆は逃げてくれと、ルーニーは普段通りのおだやかな声と笑顔で、彼ら彼女らに伝えた。


だが、団員たちの誰もが彼女を引き留めた。


自分たちも隊長と共に戦って死ぬと。


するとルーニーは、突然人が変わったかのように怒鳴り始めた。


「あなたたちは必ず生き残ってください! そして、姉さんが次に目覚めたとき、ワタシたち鋼の抱擁カレス オブ スティールは息を吹き返すのです! ここで死ぬことは断じて許しません!」


ルーニーの迫力に圧倒された団員たちは、苦悶くもんの表情を浮かべながらも彼女にしたがった。


皆甲冑と剣を脱ぎ捨て、鋼の抱擁カレス オブ スティールとは関わりのない流れ者へと化けると、隊長に一礼をしてその場を去って行く。


彼ら彼女らが去って行くのを確認したルーニーは、再び歩を進めてプログ王国の軍の声が聞こえるほうへと向かった。


彼女は涙を流していた。


それは死の恐怖からではない。


自分たちを逃がすために殿しんがりを引き受けたクスラら彼女の隊の者たちのことを想うと、ルーニーは涙が止まらなかったのだ。


「クスラ……姉さんはもう大丈夫です……。鋼の抱擁カレス オブ スティールは終わりませんよ……。ワタシもすぐに……あなたたちの後を追います!」


そして、涙をぬぐったルーニーは、敵軍の中へと突っ込んでいった。


鬼のような形相で向かって来るプログ王国の兵らを斬り殺していく。


そんな彼女を止められる者はなく、不甲斐ないと指揮をしていた将が声を荒げるが、兵たちはルーニーのあまりの強さに敗走し始めていた。


「馬鹿者! 誰が引けといった! 踏みとどまれ!」


将が逃げる兵らに叫んだ次の瞬間には、飛び込んできたルーニーの斧により、彼の首は宙を舞っていた。


指揮官を失ったことでさらに敵が混乱におちいったものの、そこへ別のプログ軍の隊が現れ、ルーニーを囲んでクロスボウを向けて一斉に発射。


彼女の体に矢の雨が降りそそぎ、まるでハリネズミのような姿になった。


「まだ……まだこんなものでぇぇぇッ!」


それでも倒れないルーニーに、歩兵らが斬りかかった。


一度に数人の剣をさばけるはずもなく、ルーニーは矢が突き刺さった状態でその身を切り裂かれていく。


だが、それでも彼女はひるまない。


戦斧を振って甲冑を身に付けた男を斬り飛ばし、次々と殺していく。


「えぇい! たかが女一人に何を手こずっておるのだ!」


「しかし隊長! あの女は化け物です! いくら矢で射ても剣で斬っても止まるどころか、さらに暴れ出しています!」


「バカが、見てみろ。あの女はもう限界だ。それを証拠に息がもうあがっておるのではないか。さっさと始末しろ!」


新たに現れたプログ軍の隊長のいうことはまとを得ていた。


ルーニーの甲冑には、斬り殺した敵の血と同じくらいの量の血が流れている。


それに左腕を矢でつらぬかれ、彼女は片腕のみで戦斧を振っている状態だ。


誰がどう見ても虫の息。


だが、それでもルーニーは止まらない。


今の彼女はどう斬るか、どう殺すかしか考えていなかった。


何度も甲冑をぶち抜いた戦斧はもう切れ味を失っていたが、そんなこと関係ないといわんばかりに、ルーニーは敵兵の頭や胴体を叩き割っていく。


そして夜が明け、朝日が昇った頃。


山岳地帯にはプログ兵の死体の山が積み重ねられていた。


その中心には、血塗れで大きな岩に寄りかかるルーニーがうつむきながらうめいている。


「……どうやら、まだいたみたいですね」


彼女は聞こえてきた足音のほうへ顔を上げると、そこには屈強くっきょうな男一人を連れた、顔に傷を持つ少女が立っていた。


ラシュとザザだ。


ルーニーが現れた二人を見ると、彼女の鬼のような形相が、次第に柔らかいもの――いつもの顔に戻っていく。


「ラシュ……? よかった……あなたも生きてたんですね……。あなたのお母さん……ディーリー姉さんのことなら……大丈夫……」


「ルーニー、無理しないで」


「ラ、ラシュ……。約束してください……。姉さんと必ず仲直りするって……。絶対にです……よ……」


ルーニーは傍に寄ったラシュの顔を優しくでると力無く倒れ、その両目をつぶった。


ラシュは彼女の満足そうな表情を見ると、その身体をそっと抱きしめるのだった。

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