#31

――ラシュたちが屋敷へと戻った頃。


うたげを終えた王宮の一室では、ディーリーら鋼の抱擁カレス オブ スティールのことをよく思わない者たちが集まっていた。


プログ王国の重臣や将たちだ。


彼らは皆、苦虫をつぶしたよう顔をして酒をあおり、不満を口々にしている。


「傭兵出身の将軍などとんでもない話だ!」


「なぁに、今夜だけの辛抱しんぼうですよ」


その臣下らの一人がテーブルに杯を叩きつけ、怒りを露わにすると、笑みを浮かべた男――大臣が口を開いた。


大臣が皆に落ち着くようにいうと、重臣や将たちは声を荒げる。


「しかし大臣。本当に連中をこの国から追い出すことができるのか!?」


「陛下が直々に出したみことのりなんですよ! それを撤回てっかいさせるなど、一体どうすればいいのか!?」


極寒ごっかんの地にいるかのように身を震わせながら、彼らは歯を食いしばっていた。


だが、大臣だけは余裕の笑みを浮かべている。


それが気に入らないのか、重臣と将たちは、早く鋼の抱擁カレス オブ スティールを追放する策を教えてくれと、苛立ちながら訊ねていた。


大臣は「ふぅ」とため息をつくと、顔を上げて口を開く。


「では、お教えしましょう。先日にリトリー国の城塞で捕虜ほりょを捕らえた話はしましたな?」


「ああ、なんでもその捕虜が面白いものを見ていたとか、そんな話だったか」


ようやく話しだしたといった態度で、両腕を組んで顔をしかめる重臣や将らを見て、大臣は話を始めた。


なんでも捕らえた捕虜の話によると、城塞では敵国の将であるラトジーとラシュの一騎討ちが始まり、その結果が今回の鋼の抱擁カレス オブ スティールの勝利の決定打になったようだ。


その話を聞いた重臣や将らは、面白くないとばかりにフンッと鼻を鳴らした。


どうせあのディーリーの娘が敵将を討ち取った話だろうと、さらに不機嫌になっている。


大臣は、そんな彼らのことなど気にせずに話を続けた。


どうやら捕虜の話では、ラシュではラトジーにかなわなかったようで、彼女は殺される寸前だったと。


「ではなぜあの小娘が生きているのだ。それでは話がおかしいだろう?」


「まあまあ、そう慌てずに聞いてください。どうもその一騎討ちを見ていた捕虜がいうには、ラトジーは突然剣を収めて、小娘の声をかけ始めたようで――」


大臣は捕虜が見ていた一部いちぶ始終しじゅうについて話した。


剣を収めたラトジーは、ラシュに向かって父や母のことを訊ね始めた。


そのときのラトジーの顔は、敵を尋問じんもんするようなものではなく、何か自責の念に駆られているようなものだったと言う。


捕虜の話を聞いた大臣は、その二人のやり取りに違和感を覚え、ラトジーの素姓すじょうを調べてみた。


元々は彼が各国に名をとどかせた剣士だということもあって、すぐに情報は集められたようだ。


「剣で名を上げたラトジーは結婚後に子をもうけ、順風じゅんぷう満帆まんぱんに――」


「ええい! まどろっこしいぞ大臣! 早く要点を話さぬか!」


長い話にしびれを切らした将の一人が声を張り上げると、大臣はやれやれといった表情をしてため息をついた。


せっかく調べた話をすべて言いたかったのだろう。


大臣は呆れながらも口を開く。


「では、言いましょう。あの小娘……ディーリーの娘であるラシュは、正真正銘ラトジーの子です」


発せられた言葉に、重臣と将たちから驚嘆きょうたんの声がれた。


しばらく言葉を失うと互いに顔を合わせ、大きく口を開けて両目を見開き始めている。


「そ、それはつまり……一体どういうことなのだ……?」


言葉に詰まりながら、彼らの中の一人が訊ねると、大臣は先ほどしたかった話をし始めた。


大臣が部下に調べさせた話によると、ディーリーは元々はリトリー国の人間だったようだ。


彼女は平民の出で、その有能さからラトジーの屋敷に召使として迎えられ、その後に妻を殺し、彼の屋敷を燃やして姿を消したのだという。


そのときに死んだと思われていた赤ん坊こそ、今はディーリーの娘として彼女の傍にいるラシュ。


大臣はその確実な証拠を得るために、リトリー国に潜ませている間者かんじゃまで動かしたそうだ。


「証拠はこの肖像画です。見れば誰でも私の言ったことが真実なのだと、理解していただけるはず」


そういった大臣は、部下に一枚の額縁がくぶちを持ってこさせた。


手に取った大臣がおおっている布を取ると、そこには若い男女二人と赤ん坊が描かれていた。


絵の男はラトジー。


そしておそらくは女のほうは彼の妻であり、彼女が抱いているのは二人の子であろう。


重臣や将たちは女と赤ん坊の顔は当然知らなかったが、ラトジーの絵は一目でわかるほど似ているため、これを描いた画家はかなりの腕なのだと思っていた。


「この絵の男がラトジーだとはわかるが、赤子などどれも似たような顔をしているではないか。これをあの小娘だとどうやってわかったのだ?」


絵を見た者たちは誰もが口をそろえて、先にそういった男の後に続いた。


全くもってその通りだと。


赤ん坊など男女の区別も見分けもつかないと。


だが大臣はほくそ笑んで言う。


「よく見てください。その赤ん坊の顔には、あの小娘と同じ傷があるでしょう」


その言葉を聞いた重臣と将たちは、食い入るように群がった。


それから彼らは確かに絵の赤ん坊の顔に大きな傷が一つあることを確認する。


「あの小娘の傷は戦場でついたものかと思っていましたが。いやはや、まさか生まれつきでしたとはなぁ」


「だが、これであの小娘が敵国の英雄の子だということがわかったな。して、これからどうやってこの品を使うのだ?」


重臣と将の視線を一身に受けた大臣は、歪んだ笑みを浮かべて答えた。


すべての手筈てはずはもう整っている。


後のことはすべて自分に任せてほしいと。


「必ずや皆様の期待にお応えいたします。鋼の抱擁カレス オブ スティールは数日もしないうちに我らが王国からいなくなることでしょう」

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