#30
――王宮での祝宴が終わり、来たときと同じ馬車で屋敷に戻るラシュたち一行は、車内で騒いでいた。
特にラシュのはしゃぎっぷりは凄まじく、パーティーでは酒も飲んでいなかったというのに、かなり浮かれている様子だ。
一方でクスラのほうはかなり酒を飲んでいたようで、顔を真っ赤にしながら強張らせている。
「ったくよぉ。やっぱ貴族の男ってのは合わねぇわ。人のことを珍獣かなにかみたいに目で見てきやがって」
「言わんとしていることはわかります。でもまあ、さっきも言いましたけど、女の剣士はめずらしいですからね。それもしょうがないでしょう」
クスラが
ラシュは、そんな二人に向かって声をかける。
「でも、悪い人たちじゃなかったね。わたし、ちょっと貴族の人たちのことを誤解してたかも」
「悪いつーかよぉ。それでもいけ好かないのには変わりねぇよ。あいつらずっと自分の話しかしやがらねぇし。きっと女は黙って話を聞くもんだと思ってんだ」
「それか自慢話ばかりですものね。正直、ワタシも疲れちゃいました」
ラシュの言葉を聞いたクスラはさらに気持ちが過熱したのか、声を荒げ出していた。
ルーニーもやはり同じように感じたようで、二人して貴族の男たちのことを
そんなことを話しているうちに、馬車は
ラシュたちが屋敷へと入ると中が整理されており、広かった玄関口の広間がさらに大きくなっていた。
それだけではない。
広間はそこら中を花で飾られ、王宮とはまた違った豪華さで埋め尽くされていた。
さらには団員たちの誰もが
「み、みんな……みんな……すっごいキレイだよッ!」
その光景を見たラシュは言葉を失っていたが、声を張り上げて団員たちの中へと飛び込んでいった。
団員たちは照れながらも飛び込んできた彼女を抱き、中にはその身体を持ち上げて、クルクルと回し始める者もいた。
「姉さん、こいつはどうなってんだよ!?」
クスラが両目を見開いてディーリーに訊ねると、傍にいたルーニーはクスクスと肩を揺らしていた。
どうやら彼女は、この状況を前もって知っていたようだ。
「私たちだけ着飾るのも悪いと思ってな。全員分の服を用意させたんだ」
「結構大変だったんですよ。ただでさえ帰ってきてから時間がない中でやったんですから」
二人の話を聞いたクスラは口角を上げながらも文句を言う。
「ったく……。姉さんもルーニーも人が悪いぜ。アタシにだ教えてくれてもよかったのによぉ。そうすれば手伝えたのに」
「お前はルーニーと違って口が軽いからな」
「なんだよそれ? ヒデェーな」
「そう怒るなよ」
ディーリーは
「皆! 今夜は朝まで飲むぞ! これは団長命令だ! 食って飲んで踊って、月や星が
団長の言葉を聞いた
皆、杯を片手にその手を掲げ、屋敷内にバイオリンの音色が聴こえ始める。
それは王宮の楽団のような豪華で上品なものではなかったが、その荒く軽やかな曲調は、服装に関係なく思わず踊り出したくなる音楽だった。
ラシュがニッコリと微笑んで団員たちの中心にいると、彼女と同じくらいの年頃の少年が現れた。
「ラシュ!」
「えッ!? どうしてあなたがここに……?」
それは商人の少年――ジェフだった。
ジェフもまた燕尾服に身を包み、その姿は、まるでどこぞの王子様のようだった。
「ザザさんが誘ってくれたんだ」
「ザザが?」
ラシュは周囲を見回すと、広間の壁に寄りかかって酒を飲んでいるザザの姿を発見した。
ザザは彼女の視線に気が付き、持っていた杯を上げて笑みを浮かべている。
「呼んでくれたんだ……。わたしに気を遣って……」
まだ驚いているラシュの前で、ジェフはペコリとその頭を下げると、そっと手を差し出した。
「ボクと踊ってくれませんか?」
「うん! 踊ろうジェフ!」
ラシュは両手でジェフの手を取ると、まるで子供のように飛び回り出した。
その姿は、ジェフを軸として回る風車のようだ。
王宮で母から教えてもらった踊りの作法もあったものではない。
だがその笑顔は、これまで彼女が見せた中でも一番のものだった。
「おーい! 誰かアタシと踊りたいヤツはいるか! 今夜だけは踊ってやるぞ!」
クスラは開放的な気分になっていたのか。
普段なら絶対に踊りなど誘おうとしないというのに、自分から団員たちに声をかけていた。
そんな彼女の手を、ルーニーがそっと取る。
「なら、ワタシがお相手させてもらいます」
「うわッ!? おいまさかのルーニーかよ!?」
「お嫌ですか?」
「ぜんぜん。踊ろうぜ、ルーニー!」
ラシュとジェフ。
クスラとルーニーが踊り始めると、団員たちも彼女たちに続いて踊り出した。
ラシュは回りながらその光景を眺めると、手を取っているジェフのことを見つめる。
ジェフもまた彼女を見つめ、二人は笑みを交わし合った。
そこに言葉はなかった。
ただ口から漏れる笑い声だけで、幸せな気分になっていた。
ジェフと見つめ合いながらラシュは思う。
今夜はこれまで生きてきて最高の夜だと。
戦争が終わり、この国に住めるようになった。
もう傭兵団として根無し草な生活もしなくていい。
これからは団の皆と――家族と、そしてジェフと毎日楽しく暮らすのだと、ラシュは幸福の絶頂を味わっていたのだった。
「今夜だけは思いっ切り楽しむといい……。今夜だけはな……」
屋敷にいる誰もが幸福に包まれている中、ディーリーはそんな団員のことを見て杯に口を当てると、寂しそうに呟いた。
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