#29

ラシュとディーリーがしばらくその場でたたずんでいると、大広間から大歓声が聞こえて来た。


二人には、中で何が起きたのかはすぐにわかった。


この国の王――プログが壇上だんじょうに現れたのだと。


「行くか。さすがに王の演説中に、こんなところにいるのは礼儀に反する」


ラシュはコクッとうなづくと、名残惜しそうに町の光景を見て、母の後を追って大広間へと戻った。


二人が中へ入ると拍手と歓声が止み、その場にいる誰もが口を閉じて王の姿に視線を向けている。


ディーリーとラシュは、その人混みを進んで、王の目の届くところまで移動した。


「皆の者、長きに渡る試練の歳月、まことに大儀であった。心から礼を言うぞ」


プログ王が皆へねぎらいの言葉をかけると、再び拍手と歓声が起きた。


そんな紳士しんし淑女しゅくじょに笑みを向け、手で制すると、王は話を始める。


「皆も知っているように、この勝利はディーリー率いる鋼の抱擁カレス オブ スティールの活躍が大きい。先代、先々代から不可能と思われていたリトリー国の城塞攻略を、彼女たちはそのたぐいまれなる勇猛果敢さで成し遂げたのだ」


そういったプログ王は、一呼吸をすると言葉を続ける。


「よっては、ディーリーと鋼の抱擁カレス オブ スティールを我が国へと向かい入れ、ディーリーとその親族、各隊長たちに騎士の称号と爵位を与えようと思う」


この決定を聞いた紳士淑女らは、両目を大きく上げて声を上げ始めた。


鋼の抱擁カレス オブ スティールが正式にプログ王国の守護神となったのだと、誰もが歓声をあげている。


そこから凄まじい拍手の音が響き渡り、大広間内を埋め尽くしていった。


「マジかよ……? アタシらまで貴族に……?」


「傭兵団が王家直属の騎士団になるだなんて……。これは、奇跡ですね……」


ラシュたちと離れた場所にいたクスラとルーニーは、王の決定に驚きを隠せずにいた。


実際にあり得ないことなのだ。


平民が爵位を与えられるなどということは。


歴史的にみても前例などなく、立身りっしん出世しゅっせなど物語の中だけの話。


現実にあり得るのは、せいぜい腕の立つ百姓が下級騎士になるくらいだ。


誰もがさすらいの傭兵団へ喝采かっさいを送る中、プログ王が再び口を開く。


「これからは団の隊長たちをそれぞれクスラきょう、ルーニー卿と呼び、団長はディーリー将軍とし、将軍のご息女そくじょに関してはこれを騎士とする」


古来より女性が爵位を帯びることはめずらしくなく、女系継承を許す爵位の規定に従って親より相続することが多い。


だが女性自身が実力と評価で爵位を得ることは大変めずらしく、プログ王国だけではなく、各国も含めた長い歴史の中でも片手で数えられるほどである。


つまりラシュたちは、それだけの功績をあげたということだ。


紳士淑女らは、歴史的瞬間に立ち会えたと声を揃え、楽団に演奏を始めるように急かしていた。


「か、母さん……。わたしなんかが騎士だって……」


「そんな称号などなくても、お前は十分強く、弱気を助け、愛に満ち溢れた人間だよ」


ラシュが信じられないといった表情でディーリーの顔を見ると、彼女はそんな娘の肩をそっとでた。


暖かい母の手の温もりを感じながらラシュは思う。


爵位には興味なかったが、騎士として認めてもらえるのは嬉しい。


それに、何よりも自分たち――鋼の抱擁カレス オブ スティールは、この国で暮らせるのだ。


戦争は終わり、もう誰も血を流さずに済む。


皆と一緒に、ジョフとの約束通りに、これからずっと一緒に暮らせるのだと、ラシュは言葉にできない喜びに、今にも気を失いそうになっていた。


「あッ! いたいた! 姉さんとラシュだ!」


「二人とも、やっと見つけましたよ。一体どこへ行っていたんですか?」


そこへクスラとルーニーが合流し、いつものように文句と小言を口にする。


そんな二人に、ラシュは今にも泣き出しそうな顔をして抱きついた。


「もう……誰も傷つかずに死なずに、ここで暮らせるんだね……。みんなで平和にッ!」


ラシュが声を張り上げると、大広間に音楽が流れ始めた。


すると、クスラとルーニーは貴族の男たちに声をかけられ、踊りに誘われる。


「ちょっと!? アタシは踊りなんて!?」


「今夜くらいはいいじゃないですか。踊りましょうよ、クスラ」


ルーニーにそういわれたクスラは、しかめていた顔を明るくすると、差し出された手を取って踊り出した。


彼女に続き、ルーニーも自分を誘った男に一礼し、ステップを踏み始める。


ラシュがそんな二人を眺めていると、ディーリーは彼女に声をかける。


「私たちも踊るか」


「えッ? でも……わたしなんか、団のみんなと踊ったことくらいしかないし……。相手の足を踏むのがおちだよ」


「なら、私が教えてやる」


「母さん?」


ディーリーは娘の手を取ると、慇懃いんぎんに頭を下げた。


ラシュは慌ててスカートのすそを両手で上げ、母と同じように礼をした。


それから二人は手を取り合って踊り出した。


ディーリーは慣れないラシュのことをみちびきながら、大広間に流れる楽曲に合わせて優雅に舞う。


「その調子だ。うまいぞ」


「母さんがリードしてくれてるからだよ。でも、こういうのも楽しいね」


「ああ、悪くないな。こういうところでお前と踊るのも」


二人は笑みを交わし合いながら、音楽に身を任せるのだった。


そんな母と子が踊る姿を眺めていた紳士淑女からは、吐息といきが漏れていた。


仲睦まじい姿が、彼ら彼女らの胸を打ったのだろう。


とても微笑ましい光景だとでも言いたそうな表情をしている。


「ラシュ、屋敷に帰ってからが本番だ。ここでしっかりと踊りを覚えろよ」


「えッ!? そうなの!?」


「そうさ。今頃屋敷では団の皆も宴をしてるからな。ほら、リズムがずれてる。早く直せ」


この後に鋼の抱擁カレス オブ スティールだけの――身内のみでのパーティーがあると聞いたラシュは、驚きながらもさらに深く笑った。

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