#28

ラシュたちは馬車から降り、出入り口で見張りの兵に会釈えしゃくされて王宮内へと入って行った。


そして、中にいた者の案内に従って、大広間へと連れて行かれた。


「こりゃスゲーや」


大広間に入ると、クスラが思わず声をあげていた。


豪華なシャンデリアが天井を埋め尽くし、ホール内を流れる上品な音楽を奏でる楽団の姿もある。


宴に出席する者たちは、上等な絹やベルベット、宝石などで着飾っており、皆がそれらに負けじと自分の姿をほこっているようだった。


「ちょっとご覧になって! ディーリー様よ!」


鋼の抱擁カレス オブ スティールの一行か」


「プログ王国の守護神だわ!」


ラシュたちに気が付いた貴族たちが歓喜の声をらし、彼女らに注目した。


道を開けて拍手で迎え始めた。


先頭を歩くディーリーは、そんな紳士しんし淑女しゅくじょたちに慇懃いんぎんに頭を下げて応えている。


彼女の後ろを歩くラシュは、そんな光景を不思議そうに眺めていた。


「貴族って働いていないのに、なんでこんなお金を持っているんだろうね」


「民からしぼり取ってんだよ」


「あぁ……そういうことなんだ……」


クスラがラシュに答えると、ディーリーが背を向けたまま二人へ言う。


「コラお前ら。そわそわするな。余計なことは口にせずに胸を張っていろ」


二人が返事をすると、ルーニーが口を開く。


「でもまさか、皆でこうやって貴族に囲まれる日が来るとは思いもしませんでした」


「だよなぁ。もし姉さんに出会っていなかったら、こんなドレスも着なかっただろうし。今頃、人攫いや盗賊でもやってたかも」


クスラとルーニーが小声で話をしていると、スカートのすそを両手で持ち上げた貴族の女性たちが、一斉にディーリーに向かってけてきた。


「ディーリー様は今日も男装ですのね。そのよそおい、とっても凛々しいですわ」


「あの、後で私と踊っていただけますか?」


「私ともお願いします」


あっという間に囲まれたディーリーは、彼女たちから質問攻めにあっていた。


そんな貴族の女性たちを慣れた様子で相手するディーリーを見て、ラシュたちはなんともいえない気分になっていた。


すると、今度はラシュたちのほうにも人が集まってくる。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの隊長の方々ですね」


「ぜひ戦場での武勇伝をお聞きしたいわ」


クスラは貴族の女性たちに乾いた笑みを浮かべて返すと、ルーニーに耳打ちする。


「おい、なんかアタシらのほうにまで来たぞ……」


「当然でしょう。女の戦士なんてめずらしいものなんですから」


貴族の女性たちの勢いにひるるクスラに、ルーニーはそう答えると、人がさらに集まってきていた。


「クスラ様はナイフ投げの名手だとか。後でぜひ見せてもらえないですか?」


「ルーニー様は重たい戦斧せんぷをお振りになるのでしょう。その細く長い手足で」


貴族の女性たちは、ディーリーだけではなく、クスラとルーニーの名も覚えていた。


それも当然のことだ。


王宮内での退屈な暮らしを埋めるのは、噂話や話題に上がる者たちのことなのだ。


彼女たちにとって、今回のいくさの英雄ともいえる鋼の抱擁カレス オブ スティールは、その噂話の格好の的だった。


「あなたがディーリー様のご息女、ラシュ様ですね」


「前の戦場では、一騎討ちで敵将を討ち取ったと聞いていますわ」


ラシュが空返事をすると、貴族の女性たちがさらに身を寄せてくる。


「こんな可愛らしいのに剣を振れるなんて、神様は二物をお与えになったのですね」


「これからの時代は、あなた様方のように女性も強くなられなければいけませんわ。ぜひ今度私たちにもご指南のほどを」


「いや、わたしはまだまだ半人前で、人に教えるなんてそんな……」


貴族の女性たちに圧倒されるラシュは、もはや自分が何をいっているのかも理解できなくなっていた。


「フン、浮かれおって」


「全くだ。下賤げせんの出の分際で」


そんな黄色い声に囲まれた彼女たちを、よく思っていない者たちもいた。


特に彼らにとって、ディーリーの燕尾服姿は目に付いたようだ。


この時代において――。


女性が男性の服装を着る男装、男性が女性の服装を着る女装といった社会的、文化的な性規範に則っていない服装をすることは、各国の文化において、宗教的、社会的規範を乱す者としてきびしく処罰しょばつされていた。


それはこのプログ王国も例外ではなかったが、きっと王ですらディーリーのことを責めはしないだろう。


むしろ淑女しゅくじょたちからは甘い吐息といきれ、紳士らが彼女の凛々しさに思わず頭を下げていた。


だがそれは、あくまで一部の者をのぞいてだが。


「ディーリーめが、今夜は王が直々に行う祝宴だぞ。よくもまあ男装などして来れたものだ」


「今だけですよ。実は城塞で捕らえた捕虜ほりょから面白い話が聞けました。詳しいことは後で話しますが、この話が本当なら奴らはもう終わりです」


「なに? それはまことか? くくく、その話を聞くのが楽しみだな」


好奇こうきの目に耐えられなくなったラシュは、大広間から出てバルコニーに逃げていた。


そこから町を見下ろしながら、やはり自分には剣を振っているほうが合っていると、このうたげ辟易へきえきしている。


どうも団で行っている祝宴とは違い、堅苦しくてしょうがない。


夜風で少し落ち着いたラシュは、そう思いながら目の前の光景からジェフの店を探した。


「どうした、こんなところで?」


そこへ母であるディーリーが現れた。


どうやら彼女もすきを見て逃げて来たようだ。


「うん、なんか合わないなぁって。団のみんなとごはん食べているほうが楽しいよ」


「そうか……」


町を見下ろす娘の隣に、ディーリーが並んだ。


それからも二人は特に話をすることなく、ただ黙って夜の町を眺めるのだった。

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