#27

部屋に駆け込んできたのはラシュだった。


余程よほど急いでいたのだろう。


汗まみれで、しかも服もかなり汚れている。


ディーリーはクスラとルーニーから離れると、無言でラシュに近づいていく。


「あ、あの……母さん……?」


あわわと声をらし、クスラとルーニーの顔が強張っていた。


これはヤバい。


あの表情は、団長が本気で怒っているときのものだと、言葉も発せずにその身を震わせている。


「おいラシュ」


「は、はいぃ……」


「私は言ってなかったか? 夜には王宮へ行くと」


「え……? あ、あの……言ってましたぁ……」


ラシュが身構えながら答えると、ディーリーは突然声を張り上げる。


「何のなんでお前はそんなすすだらけで帰って来るんだ!」


「ごめんなさいぃぃぃッ!」


母の怒鳴り声を聞いたラシュは何度も頭を下げて謝った。


そんな娘の姿をにらんだディーリーは、声のトーンを落として言う。


「もう時間がない。今すぐに水を浴びて綺麗にして来い。5分、いや3分で済ませろ」


「そんなムチャな!? そんな短い時間で綺麗するなんてムリだよ!?」


「もし、今私が言った時間に終わらなければ、お前に罰を与える。とてつもなく凄まじい罰をな」


「今すぐ行ってきまぁぁぁっす!」


ディーリーにすごまれたラシュは、雷雲から落ちたカミナリのような速度で浴室まで駆けていった。


彼女が去った後に、ディーリーはラシュのために用意したドレスを収納家具――カッソーネから取り出し、ハンガーにかけ、身に付ける装飾品を棚から出し始める。


そして彼女は、めずらしくぶつぶつと文句を口にしていた。


こうして見ると、ディーリーもどこにでもいる小言をいう母親なのだなと、クスラとルーニーは思った。


「おい、お前たちは外へ行ってろ。馬車を待たせてある」


「へーい」


「わかりました。外でお待ちしています」


それから母にいわれた通りに、素早く汚れを落としたラシュはドレスに着替え、ディーリーと共に二人の待つ馬車へと乗り込んだ。


それは、貴族が使用するような豪華なものだった。


御者ぎょしゃはディーリーに声をかけられると、むちを振って馬車を走らせる。


「スカートなんて久しぶりに穿いたよ。やっぱ動きづらいね、それにドレスって、気をつけないとすそんじゃいそうになる」


「そう言うなって。結構イケてるぜ」


「ええ、とっても素敵ですよ、ラシュ」


「ホント! ねえ、母さんもそう思う?」


クスラとルーニーに褒められたラシュは、母に訊ねた。


ディーリーは不機嫌そうな顔をしていたが、すぐに表情をほころばせた。


「ああ、二人の言う通りだ。今日のお前は綺麗だよ」


「そ、そうかなぁ。えへへ……」


照れながら頭をくラシュ。


彼女は顔を赤くしながら馬車から外を眺める。


ラシュの見ているのは、先ほどまで彼女が会っていた商人の少年――ジェフの店がある方角だった。


それに気が付いたクスラが、二ヒヒと意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「あのジェフって子に見てほしいってか? おぉ~ジェフよ。キレイになったわたしを見て~」


「からかっちゃダメですよ、クスラ。ラシュだって女の子なんですから。綺麗になった姿を好きな男の子に見てもらいたいって気持ちは、とても自然なことです」


そんな彼女をいさめながらも笑っているルーニー。


ラシュは赤くなった顔をさらに紅潮こうちょうさせ、ただうつむいていた。


以前ならジェフとはそういう関係ではないと言い返していた彼女だったが、どうやら本当に彼に今の自分の姿を見せたいようだ。


そんな三人のやり取りを眺めていたディーリーは、嬉しそうにしていた。


だが、すぐに冷たい表情へと変わり、外を眺める。


「もうすぐ着くな。お前たち、今夜の相手は兵士やゴロツキじゃなくて貴族や王族だ。わかっていると思うが、おかしなことはするなよ」


ディーリーにそういわれた三人は、コクッとうなづいた。


彼女たちにとって身分の高い者らと顔を合わせるということは、ある意味では戦場よりも命懸けだ。


貴族や王族というやつはプライドが高いのだ。


こちらにその気がなくとも、ちょっとしたことでけなされたと感じてしまうことも多い。


「はぁ、なんで国を救ったアタシらが気をつかわなきゃいかんのかね~」


「そうだよ。貴族や王族なんて、お城で偉そうにしているだけじゃん」


クスラに続いて、ラシュも本音を口にした。


それを聞いたルーニーは苦笑いをし、ディーリーのほうは困った様子でやれやれといった顔をしている。


「そういうものだから仕方がないだろう。だから本来は、こういうことには関わりたくなかったんだがな」


「断ったら断ったらで、色々と面倒ですからね」


ディーリーがぼやくようにいうと、ルーニーは彼女の言葉に補足ほそくを入れた。


二人の話を聞いたクスラは、大きくため息をついていた。


しかし、ラシュだけは納得がいっていないようで、先ほどまで真っ赤だった顔を強張らせる。


「はいはい。この話はもう終わりだ。王宮はもう目の前だぞ。気持ちを切り替えて行こう」


ディーリーがそういうと、馬車が王宮の前で止まった。

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