#26

――ラシュが町へ入ると、彼女に気が付いた民たちが皆近寄って来た。


「おい見ろ! あの子は!?」


鋼の抱擁カレス オブ スティールのラシュ様よ!」


「英雄のお姉ちゃんだ! ぼくにも剣を教えてよ!」


「ありがたやありがたや。こんな近くで守護神様を見られるなんて」


男も女も、子供も大人も老人も、皆一斉に彼女に群がってくる。


それも仕方がないことだった。


鋼の抱擁カレス オブ スティールはプログ王国の英雄を超え、今や守護神として思われているのだ。


先ほどの凱旋がいせんパレードの熱気が冷めやらぬ状態で、再び姿を見せたラシュに問題がある。


それに、腰に剣を差した顔に傷のある少女など、彼女以外にはそうはいない。


こうなってしまったのも、自分がどれだけ今話題の人物になっているのかを考えずに、変装もせずに町へ飛び出したラシュが悪いのだ。


「ごめんなさい! 今ちょっと急いでいて!」


いくら声を張り上げようが、人は続々と集まってきていた。


これが敵兵ならば斬って前に進むのにと、ラシュは群衆ぐんしゅうみくちゃされながら困り果てる。


母――ディーリーは言っていた。


陽が落ちる前には、屋敷に戻って来るようにと。


ただでさえ時間がないというのに、これではジェフに会う前に陽がしずんでしまう。


なんとかこの人混みから脱出しなければと、ラシュが考えていると――。


「ラシュ! こっちだよ!」


建物の屋根の上からジェフの声が聞こえて来た。


ジェフは彼女のところにロープを放ると、それを掴むように叫んだ。


ラシュは当然そのロープを掴み、彼女の周りに群がっていた民たちは屋根の上にいるジェフのことを見上げていた。


「いくよ!」


ジェフの声と共に、ロープを掴んでいたラシュの体が一気に上げられていった。


彼はウインチ――船でいかりなどを上げるときに使用されている捲揚機まきあげきを使い、ラシュの体を屋根の高さまで引っ張り上げたのだ。


「ジェフ! やっと会えた!」


「ホントだよラシュ。人が集まってたから何事かと思ったら、君なんだもん。ともかく今は逃げよう」


ジェフがラシュの手を取り、二人は屋根の上を走り出す。


足場が悪いかわらを踏みしだき、下から聞こえる声を無視して駆けていく。


そんな笑顔で手を繋ぐラシュとジェフの姿を、色が変わり出した空の陽が照らしていた。


――陽が沈み、鋼の抱擁カレス オブ スティールの屋敷では、クスラが鏡の前で表情を歪めていた。


どうやら鏡に映る自分の姿を見て、酷く違和感を覚えているようだ。


「な、なあ、姉さん……。やっぱアタシにはちょっとこれは……」


クスラが表情を歪めている理由は、自分のドレス姿を見たからだった。


彼女はスカートならまだ穿くものの、ここまでヒラヒラとした服など着たことなどなかったのだ。


「そんな顔をするな。お前が自分で思っているよりも似合ってるぞ、クスラ」


「ええ、姉さんの言う通りですよ。とっても素敵です」


そんな彼女を手放しで褒めるディーリーの傍では、クスラと同じく豪華なドレスを身にまとったルーニーの姿があった。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの中でも元々気品のあるルーニーは、クスラとは違い、ドレスを身に付けるのにも慣れているようだった。


そんな彼女と自分を比べてしまったのだろう。


クスラはルーニーの姿を見てからまた鏡を見て、ガクッと肩を落としている。


「ルーニーには負けるよぉ。そんな完璧に着こなされたら、横にいるアタシはみじめになるだけだわぁ……」


「何を言ってるのですか。ほら、顔を上げて」


ルーニーの言葉でクスラが顔を上げ、二人は鏡の前に立つ。


長身のルーニーと小柄なクスラ二人の姿は、そのきらびやかなよそおいあって、まるで貴族の姉妹のようだった。


「二人とも綺麗だぞ。ルーニーもクスラお前もな。だからもっと自信を持て」


そんな二人を見たディーリーは、嬉しそうにまた二人の姿を絶賛ぜっさんした。


どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹たちだと言いながら、その口角を上げている。


クスラとルーニーがドレスに着替えていたのは、これから行われる王宮の祝宴に参加するためだった。


今回の和平協定が決まったことでのうたげだ。


当然、長年に渡り落とせなかった城塞攻略を成功させた鋼の抱擁カレス オブ スティールが主役のパーティーである。


だが、肝心の団長であるディーリーはドレスを着ていなかった。


彼女は紳士が着る正装を身にまとっており、その焼けただれた顔の部分も布で着飾っているため、まるでどこぞの王子のようだった。


「それよりもよぉ。なんで姉さんは男装なんだよ」


「そうですよ。せっかくなんだから、姉さんもドレスを着ればいいのに」


「私は立場的にな。それに英雄の代表がドレス姿では、貴族のお坊ちゃん連中に舐められるだろう?」


ディーリーがそう答えると、クスラとルーニーはムッと納得がいかない顔をした。


そして、二人して彼女にその顔を突き付ける。


「だったらアタシらだって!」


「軽く見られないようにするのならワタシたちも!」


二人は声を張り上げ、今からでも燕尾服えんびふくに着替えると言い出した。


だがディーリーは、そんなことはしなくていいと返事をする。


それから彼女は二人の肩を抱き、優しい声で言葉を続ける。


「そういうのは私だけでいい。お前たちにはできる限り自由でいてもらいたいしな。それに私は、お前たちが綺麗になった姿を見たいんだよ」


「姉さん……。わぁーたよ。そこまで言われちゃ、もう何も言えねぇや」


「いつも気をつかわせてしまいますわね、姉さんには」


ディーリーの言葉を聞き、思わず涙ぐんでしまっていたクスラとルーニー。


そんな感傷的な雰囲気をぶち壊すかのように、けたたましく部屋の扉が開かれた。


「ごめんなさい! ちょっと遅れちゃった!」

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