#25

鋼の抱擁カレス オブ スティールの行軍の先頭には、団長であるディーリーが馬に乗って進んでいた。


その整った顔の半分は焼けただれており、美しさと醜悪しゅうあくさが入り交じったものだ。


これまで彼女の顔を見て、老若男女ろうにゃくなんにょ問わず誰もがまゆをひそめてきたが、今この凱旋がいせんパレードでそんなことを口にする者はいない。


むしろディーリーのその糜爛びらんした顔は、英雄譚をうたう吟遊詩人からすると、格好の語り草といっていいだろう。


女が消えない傷を隠すことなく人前に出て、世のはみ出し者たちを率いて戦い、それでいて常勝無敗などと、まさに物語としか思えない話だ。


「キャァァァ! ディーリー様! ステキィィィッ!」


「はぁ、なんて凛々りりしいのかしら……。あの人は一体どこから来てどこであの気品と強さを得たのでしょう……」


「本当に、不思議な方……」


平民、貴族、王族関係なく、プログ王国の誰もが鋼の抱擁カレス オブ スティールに歓声を送っていたが、その中で一番名を呼ばれたのは間違いなくディーリーだった。


これが突如現れた救国の英雄というだけだったら、ここまで王国の者たちも盛り上がらなかっただろう。


ディーリーには付属するものが多過ぎたのだ。


先に述べた焼け爛れた顔もそうだが、戦場で兵を率いれば負け知らずの指揮官ぶり。


剣の腕は名うての剣士をも打ち倒す。


さらには彼女の仕草から溢れる品性は、どの貴族よりも貴族らしい振る舞いだった。


それでいて町で平民に声をかけられれば、気さくに会話を交わし、一緒になって騒いでみせる。


短い時でもディーリーと関わったことのある者は、その礼儀正しさや屈託くったくのなさ、身分を超えた彼女の魅力にかれてしまう。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの団員たちがディーリーのことをしたうのは、ただ一緒に居るだけで心地いいという理由がまず上がる。


彼ら彼女らは元々行き場を無くした者たちばかりだけに、最初こそ打算的な目的で入団した者でも、いつの間にか離れられなくなるのだ。


「ディーリー殿どの陛下へいかからお伝えしたいことがあると」


「では、聞きましょうか」


パレードの最中に近づいてきた者に、ディーリーは馬上から返事をした。


そのプログ王の使者は、屋敷へと戻ってから身支度を済ませ、夜には主だった者を連れて王宮に来るようにと彼女に伝えた。


ディーリーは微笑みながらその話を受け入れると、使者は慇懃いんぎんに頭を下げ、彼女の前から消えていった。


「全員、指示があるまで各自楽にしていてくれ。町に出るなりここで飲み食いするなり好きにするといい」


その後、屋敷へと戻った鋼の抱擁カレス オブ スティールの団員たちは、ディーリーからゆっくりするように言われた。


ラシュはやっと自由に動けると、先ほどジェフから渡された真っ赤なバラの花を飾り、甲冑から動きやすい服装に着替えていた。


彼女が部屋で着替えを終えると、そこへクスラやルーニーがやってくる。


「おい、どこへいくつもりなんだラシュ? それとその花?」


クスラが訊ねると、ラシュはほおを染めながら恥ずかしそうにしていた。


その顔は、彼女と並んでいたバラに負けないくらい赤い。


「クスラ。それはきっとあの子にもらったんですよ」


「あぁ〜あの商人の……たしかジェフってヤツかぁ。真っ赤なバラねぇ」


ルーニーの言葉を聞き、クスラが意地の悪い笑みを浮かべた。


そんな彼女と一緒に微笑むルーニーは、花瓶に飾られたバラに近寄って口を開く。


「ミモザの次は真紅しんくのバラですか……」


「そいつも意味があるのかい、ルーニー」


クスラが訊ねると、ルーニーは肩を揺らしながら答える。


「赤いバラの花言葉は、愛情、美、情熱、熱烈な恋……そして、あなたを愛していますっていう意味がありますね」


「そいつはまたすみに置けない話だね~」


「それとこのバラの数。7本にも意味があります。それは、ひそかな愛」


「ハッハハ! どこぞの詩人か貴族かよ! ガキのくせになかなかシャレたことするじゃねぇか!」


ルーニーがジェフがラシュに送った花束の意味を答えると、クスラが手を叩きながらさらに笑い出していた。


ラシュはそんな二人から顔をそらし、ちぢこまってその身をふるわせている。


クスラはそんな彼女に言う。


「そのうち愛の詩でも歌い出すんじゃねぇか?」


「ジェ、ジェフはそんなんじゃ……ない、よ……」


「でも、前に出すぎず、そっと自分の気持ちを伝えるなんて、ジェフは素敵な子ですね、ラシュ」


「う、うん……」


ルーニーにそういわれたラシュは、照れながらも微笑みながらうなづいた。


早くジェフに会いたい。


早く彼の顔が見たい。


話したいことがいっぱいあると、ラシュが部屋を出ようとすると、そこへディーリーが現れた。


突然現れた彼女にクスラが声をかける。


「どうしたんだよ姉さん? いきなり?」


「悪いがお前たちには私に付き合ってもらうぞ。夜から王宮に行くから、今から正装に着替えるんだ」


「ワタシたちもですか?」


ルーニーが小首をかしげて訊ねると、ディーリーが答えた。


プログ王から直々に伝えられたことで、ディーリーをはじめ、鋼の抱擁カレス オブ スティールの主だった者と共に王宮へ来るようにと言われたと。


話を聞いたクスラとルーニーは互いに顔を合わせ、気まずそうに言う。


「あぁ……アタシらは別にいいんだけどさぁ……」


「そうですね……。でも、ラシュは……」


「うん?」


二人の反応を見たディーリーは、ラシュのほうを見た。


それから彼女は、花瓶に入った7本の赤いバラを一瞥いちべつすると、娘に向かって口を開く。


「どこかへ行くつもりだったのか?」


「いや……そ、その……ちょっと……」


「あの商人の子のところか、それは明日にはできないのか?」


「うぅ……できなくはないけどぉ……」


口ではそう言いつつも、ラシュの態度は明らかだった。


今すぐジェフに会いたいと、その顔、手足、全身が物語っている。


「はぁ、しょうがないか。陽が落ちる前には戻れよ。お前が着る服や装飾品は私のほうで用意しておく」


「ホント!? ありがとう母さん!」


「その代わり、私が選んだものに文句を言うなよ」


ラシュは大きな声で返事をし、パッと表情を明るくして部屋から飛び出して行った。


そんな彼女の背中を見て、クスラとルーニーは笑みを浮かべていた。


部屋の中になごやかな空気が流れたが、なぜかディーリーだけは冷たい表情をしていた。

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