#24

――晴天の空。


色とりどりの花びらが国中に舞い、見事に難攻不落なんこうふらくの城塞を制した傭兵団を、国民すべてが迎えていた。


鳴り止まない大歓声と楽団の演奏は、初戦で勝利を収めたとき以上だった。


「スゲー! プログ王国の全員がここにいるんじゃないか!?」


馬上からその光景を見て、クスラが驚愕きょうがくしていた。


普段なら皮肉の一つでも口にしそうな彼女だったが、国総出の大歓迎に驚かざるえないようだった。


それもそのはずだ。


短い間だが鋼の抱擁カレス オブ スティールの活躍を国民すべてが知っていても、その団長であるディーリーと、一騎討ちで敵将の首を取ったラシュくらいしか名が通っていなかったが。


今ではクスラやルーニーなど、その主だった配下の名前まで、民たちから叫ばれているのだ。


一傭兵団の隊長に、こんな事態は起こりえない。


「本当に……すごいですね……」


はとが豆鉄砲を食らったようなクスラを見て、いつもなら同意かまた注意をするルーニーも、この光景に両目を見開いている。


馬をゆっくりと走らせて城下町を進む鋼の抱擁カレス オブ スティールを見て、子供たちまで行軍を追いかけて声をあげている状況に気が付くと、二人は顔を合わせて笑った。


「まあ!? あれがラシュ様ですの!?」


「あぁ、なんて可愛らしいのかしら! とても重たい剣を振り回せるとは思えないわ!」


「可愛らしいラシュ様! どうかこっちを向いてくださいまし!」


行軍が進むにつれ、建物の窓から貴族の女性たちの黄色い声が聞こえて来た。


彼女たちの注目の先は、甲冑姿の少女――ラシュだった。


ただでさえ女が剣を持って戦場に出ているだけでもめずらしいのに、ましてやラシュはまだ子供ということもあって、熱烈な視線を送られてもしょうがない。


「たまんないなぁ、もう……」


ラシュはいたたまれなくなって、その顔を下げていた。


やはりこういうのには慣れないと、声援に気が付かないふりをしている。


かぶとに付いた仮面で顔を隠せればよかったのだが、あいにくなことに城塞での戦いで破壊され、彼女用の小さい兜は予備がなかった。


「英雄がなにをちぢこまってるんだ。手の一つでも振ってやれよ」


そんな彼女を見て、傍を歩いていたザザが声をかけた。


彼は戦場や剣を交えているいるときとはまるで別人のラシュの態度に、酷くあきれているようだった。


ラシュの率いているザザが連れてきた城塞侵入組は、そんな二人の背中を見て笑っている。


「しっかしまあ、なんだ。お前には感謝してるよ」


「えッ? なにが?」


ザザの言葉に、ラシュは小首をかしげた。


礼をいわれるようなことは何もしていなと、両方のまゆを下げて彼の顔を見つめる。


そんなラシュから、ザザは顔をそむけた。


そして、視線をそらしながら答える。


「あのときだよ。オレがほら、ジェフって奴の店でいちゃもんをつけてたとき」


「あぁ~……って、あれがどうして?」


「あぁぁぁッ! だから団に誘ってくれてありがとよってことだよ! 察しろよ! ただでさえ礼を言うなんて情けねぇってのに……」


顔を真っ赤にしたザザはそういうと、ぶつぶつと文句を言いながら後退していった。


恥ずかしがっている彼のことを、ジョンソン、カドガン、コラード、エラー、ハーヴィン5人が囲んでからかっている。


ラシュはそんな彼らを見ながら、胸が熱くなっていくのを感じていた。


城塞ではラトジーという男にかなわわずあやうかったが、ザザたちが鋼の抱擁カレス オブ スティールに入ってよかったと思ってくれているようで、それだけでも救われた気分になる。


まだまだ母であるディーリーにはおよばないが、彼らとのやり取りは、自分が望む人間に少しは近づけたのではないかと、ラシュは思っていた。


ザザたちが、この国であまりいい目にって来なかったのだろうということは、これまでの彼らの様子から理解できる。


しかしそれは戦える力があり、小さいながらも矜持きょうじを持ち、それを持て余していた彼らだからこそだった。


さすがに根っからの悪党を仲間に誘ったりはできないと、ラシュはザザたちにいってあげたかった。


「でも……母さんだったらそんな人たちでも……」


それでも母ならば違うのだろうと、ラシュは前を馬で進むディーリーの背中を見つめた。


どんな悪人でもどんな罪人でも、母ならばしっかりと向き合って受け入れ、陥落かんらくさせて使いこなす。


自分にそんなことができるのだろうか。


いや、できない。


ラシュがザザを誘ったのは、彼と剣を交えたことでその人間性が伝わってきたからだ。


そしてザザが連れてきた者たちも、彼の仲間なら信用できると思ったのだ。


手放しに誰でも団に誘えるような――そんなディーリーの真似まねは、どんな王様にもできないことだとラシュは思っている。


母はある種の女神なのだ。


貴族や王族が相手でも、礼儀を重んじながらもけしてびず、どんなに身分が低い者でも仲間と同じ態度で接する。


ラシュは今は届かなくとも、いずれ必ず母のようになりたいと、拳を力一杯握り込む。


「ラシュ!」


大声援の中から、ラシュの耳に馴染なじんだ声が聞こえて来た。


彼女が声のするほうを向くと、そこには商人の少年――ジェフが立っていた。


彼の小さな体は、今にも人混みに飲まれてしまいそうで、心配になったラシュは馬から降りようとしたが、ザザによって止められる。


「気持ちはわかるが、今は凱旋がいせん中だ。お前が行軍を離れたら、団長が恥をかくぞ」


「うん、そうだね……。ありがとう、ザザ。……ジェフッ!」


ラシュは声を張り上げると、申し訳なさそうな顔をしながら馬をジェフのほうへと寄せた。


するとジェフは満面の笑みで彼女のことを見返し、持っていた花束を差し出した。


それは七本の真っ赤なバラ。


受け取ったラシュはそのあざやかなバラの匂いにうっとりし、前に進みながらもジェフのことを見つめる。


「ありがとうジェフ! あとで店に行くから!」


ジェフは何も言わずに、ただ彼女に手を振って応えた。


久しぶりに彼の笑顔を見れたラシュは、顔を赤らめながらも手を振り返すのだった。

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