#23

――ラトジーとレッドが守っていた城塞が落とされたことを知ったリトリー国は、前線に出ていたプログ王に使者を送った。


互いに兵を前に出し、軍を向かい合わせている状態でだ。


そして、その使者が伝えた内容は休戦協定。


まだ戦力を残していても、難攻不落なんこうふらくの城塞が落とされたことは、リトリー国に大打撃を与えたことがわかる態度だった。


「聞いたか、皆の者。これで戦争が終わる。私は今日ほど嬉しかったことはないぞ」


プログ王は、その場に使者がいようと構わずに歓喜の声をあげた。


先代、先々代と長年に渡りプログ王国の領土を脅かしてきたリトリー国が、ついに和平の申し入れをしてきたのだ。


国に平和をもたらすのは、彼らプログ王族の悲願だった。


つい声をあげてしまったのも仕方のないことだろう。


その後、丁重に使者を迎えて帰したプログは、天幕内で満足そうに微笑んでいる。


だが、同じ天幕内にいた臣下たちや諸侯しょこうらの表情は、激しく歪んでいた。


元々は今まで誰も落とせなかった城塞を、鋼の抱擁カレス オブ スティールに当たらせたのは彼らの考えだった。


これであの傭兵団を手を下すことなく潰せると考えていたのだが、予想と反して、ディーリーたちは城塞攻略を成功させたのである。


これではますますあの下賎げせんの集団が勢いづいてしまう。


そう考えると、王国の悲願ひがんともいえる平和が訪れようとしていても、臣下や諸侯らは気が気ではなかった。


「リトリー国の城塞は落ちた。これでひとまず長きに渡ったいくさも終わる。だが……」


リトリー国の使者が帰った後。


プログ王国の軍の陣内では、鋼の抱擁カレス オブ スティールに不満を持つ者らが、王に知られずに集まっていた。


すでに陣を引き払い、国へと帰国する準備を始めている状態でのことだ。


騒がしい陣内というのと、これから平和が訪れることに浮かれているだけあって、彼らの行動は誰にも気付かれることはなかった。


「さすればディーリーめ。あの女が我が国のまつりごとに口を出すようになるぞ」


たまらぬな。身分もわきまえず、あのみにくい顔で城内を我が物顔で闊歩かっぽされるのは」


「ああ。下賤げせんの者、しかも女が政治に介入するなど、我が国の威信にかかわる」


臣下や諸侯らは、口々に鋼の抱擁カレス オブ スティールに対する嫌悪感を吐き出していた。


たかが少数の傭兵団ごときが、名誉ある王国の一員――それも正規軍として迎えられるなど、どの国の歴史でも聞いたことがない。


これを機にプログ王国では身分に関係なく、手柄を立てれば出世できると、各国の荒くれ者たちが集まって来そうではないか。


さらに下級兵士が勘違いするのも困る。


平民が自分もディーリーたちのようになるのだと、自分の立場もわきまえずに増長を始めたら、軍紀や国が乱れてしまう。


一番の問題は女たちだ。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長であるディーリーをはじめ、クスラ、ルーニー、そして娘のラシュなど、その中心人物は皆女ばかりだ。


どの国と比べてもプログ王国の女性たちはつつしみ深く、平民でさえ立派な淑女しゅくじょこころざしているというのに、あの女たちは確実に悪影響をおよぼす。


女も剣をにぎり、男に負けずに強くなって良いのだということが流行はやり出したら、この国は世界中から笑い者にされる。


そんなことを許してはいけない。


「しかし、陛下へいかはディーリーの奴のことを随分ずいぶんと信頼なさっているご様子。なんでも今回の功績として陛下は、彼奴あやつを我が軍の将軍として迎え入れると」


「なに!? それはまことか!?」


「さらに爵位しゃくいまで与えるとか。そうなると、もはや手がつけられませんな」


「これは如何いかんともしがたい状況だぞ。なんとか奴らを我が国から追い出さねば」


密談が熱気から殺気を帯び始め、臣下や諸侯らはさらに表情を歪めていた。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの増長をなんとしても阻止するのだと誓いあい、声を押し殺してディーリーたちの対処を話し続ける。


「だがディーリーらは、望むと望まざるにかかわらず連中は我が国の英雄。下手なことをすれば私たちの首が飛ぶのでは?」


「なぁに心配さるな。本人が死んでしまえば後はどのようにもできる」


「それもそうですな。連中は所詮しょせんは傭兵。これまで国のために尽くしてきた我らの言葉を、陛下が信じないはずがない」


「ああ。たとえ、それが真実でないとしても」


毒で始末するか、それとも暗殺させるか。


一番自分たちに疑いがかからないやり方を考えながら、夜もけていく。


平和になった国に下賤の出の女将軍などいらない。


王宮で生きるには、彼奴らは慎みに欠けていたのだと言い合いながら。


「すべては国に戻ってから考えることにしよう。彼奴らのための祝宴などしゃくだが、今までにない待遇たいぐうを受けて過ごしていれば、気もゆるむというものだ」


歪めた表情を笑顔へと変え、彼らはその場から解散した。


だが、彼らは知らない。


ディーリーが何を考え、これからしようとしていることを。

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