#22

――それから残党狩りを終えたディーリーたちが、城塞内へと入ってきた。


団員たちは新参者であるザザたちに声援を送り、彼らと抱き合って勝利を喜んでいた。


これまでこういう経験がなかったのだろう。


彼らは戸惑いながらも、実に嬉しそうにしている。


そんな空気の中、ザザが連れてきた仲間――ジョンソン、カドガン、コラード、エラー、ハーヴィン5人が城塞内にあった酒樽を出して団員たちに振舞い出していた。


中には樽ごと抱えて飲み出す者もおり、各自で勝手にうたげが始まっている。


「ったく、しょうがねぇ連中だなぁ」


「どうしましょう、姉さん。止めますか?」


そんな光景を見てクスラがぼやき、ルーニーはディーリーに訊ねた。


ディーリーはクスッと笑みを浮かべると、別に構わないと返事をする。


「好きにされてやれ。うちはお上品な正規軍じゃないんだ。それに命懸けで勝ち取った勝利の後だ。感極まってしまうのもしょうがないだろう。お前たちも楽しむといい」


「ホントか! じゃあ、姉さんのお許しも出たことだし、行こうぜルーニー!」


「はぁ、しょうがないのは誰でしょうね、まったく……」


ルーニーは団員たちに呆れていたクスラが急に人が変わったように酒を飲もうとするのを見て、大きくため息を返した。


そして、なんだかんだ言いつつも、彼女たち二人も酒盛りを始めた。


団員たちと杯を交わし、クスラとルーニーは歌や踊りまでし出す。


そんな光景を見たディーリーは、馬から降りて口を開く。


「みんな、止めろとは言わないが。あまり羽目はめを外し過ぎるなよ。本格的な宴はプログ国に帰ってからだ」


クスラ、ルーニー、団員たち全員が彼女の言葉に了解と答え、皆剣と甲冑を脱げ捨てていた。


ディーリーはその宴には参加せずに、城塞内を進んでいた。


そして、捜していた人物の姿を見つける。


「ラシュ。こんなところにいたのか」


「あッ、母さん……」


ラシュは甲冑姿のまま、城塞内の廊下で独り壁に寄りかかり、腰を下ろしていた。


いつもなら率先して宴に参加しそうな彼女なのだがと、ディーリーは娘の顔をのぞき込む。


今回のいくさの功労者であるというのに、娘のその顔はどこか浮かない様子だ。


城塞内での戦闘で何かあったのだなと、ディーリーはラシュの異変に気が付く。


「まさか酷いケガでも負ったのか? ならすぐにでも医者にせないと」


「大丈夫だよ。ケガは大したことないから」


ニッコリと微笑みを返すラシュ。


だが笑顔を見せつつも、どこか憂鬱ゆううつな表情は変わらない。


そんな娘に、ディーリーは何も訊ねなかった。


ただそっと彼女に寄り添い、身に付けていた甲冑を脱がせてやる。


「もう、母さんったら、自分でやれるよぉ」


「いいからじっとしてろ。戦いは終わったんだ。いつまでもこんな重たいものを着ていたら休まるものも休まらん」


母の言葉に、ラシュは照れながらもされるがままだった。


重たい甲冑をディーリーに脱がしてもらうと、心まで軽くなっていた。


そしてディーリーが座ると、ラシュは隣に腰を下ろした母にもたれかかる。


ディーリーは、どうしたと言いたそうな顔で彼女の顔を眺めた。


「母さん……。わたしね……。この城を守っていた人に負けそうになったんだ」


それからラシュは、ポツリポツリと呟くように話を始めた。


城塞内に侵入し、ザザたちに城門を制圧するように指示した。


すべてはうまくいっていた。


だが突然現れたラトジーと名乗る男に、自分は全く歯が立たなかったと、今にも泣きそうな声で言う。


「運がよかったんだよぉ……。もし、あのときあの人が剣を収めなかったら、わたしは確実に殺されていた……」


「でも、お前もこうして生きている。それがすべてだ」


ディーリーは優しくラシュに声をかけた。


言葉は少なく端的たんてきな言い方だったが、それはとても穏やかで、まるで彼女を包み込むかのようだった。


だが、ラシュは母の言葉を聞いても、まだ表情が晴れていない。


「でも、それでもあのときわたしが殺されていたら……母さんたちまで死んじゃってた……。わたしのせいで……わたしのせいでだよぉ……。そう考えると……」


涙ぐみながらいったラシュの頭を、ディーリーはそっと撫でてやる。


そうなったときはそうなったときでクスラもルーニーも、そして団員たちも、誰もラシュのことを恨みはしないだろうと言葉を続けた。


たとえ命を落としても、後悔する者など一人としていないと。


「それに。お前ならやり遂げると信じていた。クスラはまだ早いとわめていたがいたが、あいつが心配性なことは、お前もよく知っているだろう?」


「うん。クスラは口は悪いけど、団の中で誰よりも他人のことを気にかける人だもんね」


頭を撫でられたラシュは、涙を拭って満面の笑みを母に向けた。


憂鬱ゆううつが晴れた娘の顔を見たディーリーは、立ち上がるとラシュの手を引いて強引に立たせる。


突然手を引かれたラシュが、思わず声を出して驚いていると、ディーリーは言う。


「さあ、皆のところへ行くぞ。お前もうたげに参加するんだ」


ラシュは手を引かれながらコクッとうなづくと、ふとあることを思い出した。


この城塞を守っていた男――自分よりも強かったラトジーが最後に口にしていたことを。


ラトジーは、自分の父も母も知っているようだったと。


「ねえ、母さん……」


「うん? なんだラシュ?」


「うぅん……。やっぱなんでもない」


ディーリーにラトジーのことを訊ねようとしたラシュだったが、結局は訊かなかった。


彼女は、母がラトジーのことなんて知っているはずがないと、何か知っていそうだった男のことを頭の中から消そうとした。


今度は複雑な表情になった娘を見て、ディーリーが苦笑いを浮かべる。


「なんだそれ。今日はおかしいなラシュだな」


ラシュはなんとか誤魔化そうとし、思いっきりディーリーに抱きついた。

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