#20

――ラシュがザザたち共に城塞に侵入した頃。


城塞から離れた鋼の抱擁カレス オブ スティールの本陣では、レッド率いるリトリー軍と傭兵団が激しく戦っていた。


砂埃すなぼこりが舞い、視界すらままならない戦場では、兵たちの怒号と悲鳴、さらにはぶつかり合う金属音と矢で射られた馬の鳴き声が響いている。


レッドは鋼の抱擁カレス オブ スティールいた陣形――歩兵に大楯を持たせて前衛に立たせるファランクスに攻めあぐんでいた。


「えぇい! あの程度の数に何をしているのだ!」


兵たちに激飛ばしていたレッド。


馬で遊撃隊を指揮して前へと出ていたディーリーは、敵の総大将のことを見据えていた。


「姉さんこのままじゃもたねぇぞ!? なんとか踏ん張っているっていっても数が違いすぎる!」


「なら、あなただけでも逃げればいいじゃないですか」


「こんなときにふざけてんじゃねぇ!」


そこへ馬を走らせてクスラとルーニーが現れた。


クスラが状況が良くないことを知らせると、ルーニーは苦笑いをしながら意地の悪いことを口にしていた。


自分だけ逃げるわけないだろうと怒鳴り返すクスラと、そんな返事が来ることをわかって言ったルーニーに、ディーリーは声をかける。


「確かにこのままじゃ不味いな。だが、手はある」


「ちょ、ちょっと姉さん!?」


「いけません姉さん!」


ディーリーは二人に声をかけると、突然馬を走らせて敵軍の中へと飛び込んでいった。


そんな彼女の後を、遊撃隊を連れてクスラとルーニーが追う。


「この状況で一騎駆けかよ!? ラシュじゃあるまいし、なに考えてんだ姉さんはッ!?」


「さすがは親子といったところでしょうか。しょうがない……。クスラ、兵を前に出しましょう」


さらにファランクスの陣形を組んでいた味方の兵たちに大声を出し、全軍を前進させた。


ディーリーはそんな味方のことを無視して、敵を斬り殺しながらさらに敵軍内を進んでいく。


そんなディーリーに気が付いたレッドは、部下たちが止めるの聞かずに、彼女の前へと馬を走らせた。


「その焼けただれた顔……。貴様が鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長だな」


「そういうお前は総大将だろう。全く情けないな。圧倒的な数を率いながら、未だに私たちを倒せずにいる」


ディーリーの挑発は誰の目にも見ても明らかだ。


数で勝っている状態で総大将が一騎討ちすることに、なんの利点もない。


だが功を焦るレッドにとって、彼女の言葉は火に油をそそぐようなものだった。


怒りで顔を歪めたレッドは、剣を構えて馬を走らせる。


「私はリトリー軍の将、レッドだ! 相手になってやるぞ、女ぁぁぁッ!」


向かって来るレッドを見てディーリーはほくそ笑む。


やはり男は馬鹿ばかりだと。


しかし、そんな総大将を守ろうと、リトリー軍の兵がディーリーを囲み始めた。


レッドは一騎討ちをしようとしているかもしれなかったが、部下たちから見れば、そんな彼の矜持きょうじに付き合ってなどいられない。


「ジャマすんじゃねぇよ!」


「姉さんには近づけさせません!」


そこへ遊撃隊を連れ、さらに兵を前進させたクスラとルーニーが現れた。


彼女たちはそれぞれ左右に散って、ディーリーを取り囲んだ敵軍を蹴散らしていく。


その凄まじい進撃に、リトリー軍の誰もが彼女たち二人の強さに舌を巻いていた。


鋼の抱擁カレス オブ スティールの団長はこの二人よりも強いのかと、明らかに士気が落ちている。


団員たちも彼女たちの後に続き、怒濤どとうの勢いで前へと出てきていた。


「よい手駒を持っているな」


それを横目で見ていたレッドが、打ち合っているディーリーに言った。


レッドの剣を弾き返した彼女は、余裕の笑みを浮かべて言葉を返す。


「手駒とはちょっと違うな。皆、私の自慢の家族だ」


「家族だと!?」


声に怒気をこもらせたレッドは、振っていた剣を刺突へと切り替えて襲いかかる。


その閃光のような突きは、ディーリーの肩口をかすめた。


刃が甲冑ごと皮膚を切り裂き、肌から血しぶきが舞う。


「兵は所詮しょせん盤上の駒だ! それを家族などと……。下賤げせんの出らしい戯言たわごとだな!」


「ならお前もそうだな」


「なに?」


ディーリーは手綱を引いてレッドから距離を取り、流れた血を手で拭い、それを舐めながら言葉を続ける。


「お前も、上の奴らから見れば駒に過ぎないということだ」


「私が駒だとッ!? 違う! 断じて違う! 私は騎士だ! 国にとって代わりのきかぬ私が、駒なわけがあるかぁぁぁッ!」


ディーリーの言葉に激高げきこうしたレッドは、馬を走らせ、再び剣を刺突の姿勢へと構えた。


今の言葉を取り消せと叫びながら、ディーリーの顔面を目掛けて刃を突き出す。


「おめでたい男だな、お前は。そこまで国を信じているのか……」


「黙れ! 次はそのみにくい顔を貫いてくれるぅぅぅッ!」


剣が突き出された刹那せつな


その瞬間、レッドの身体にナイフが突き刺さった。


一体どこからだと彼が狼狽うろたえたとき、次にはもう剣を握っていた腕が切り落とされていた。


地面に落ちた腕を一瞥いちべつし、レッドは戦斧が飛んできたほうを見る。


「油断大敵ですよ。総大将さん」


「一騎討ちっていっても、ここは戦場なんだぜ。バカ大将」


レッドの腕を切り落としたのはルーニーだった。


そして、ナイフを投げたのはクスラだ。


彼女たちは戦いながらも、レッドにすきができる瞬間をじっと狙っていた。


当然ディーリーは二人の動きを把握しており、だからこそ一騎討ちの最中に無駄な会話を続けていたのだ。


失くなった右腕の部分を左手で触り、レッドは血塗れになりながら、今にも泣きそうになっていた。


「ぐッ!? 私がこんなやつらに、しかも女ごときにぃぃぃッ!」


「うるさい男は嫌いだ。もう死ね」


ディーリーはそうポツリというと剣を持ち直し、馬上でわめくレッドののどを突き刺した。

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