#19

ラシュはザザたちに声をかけると指示を出した。


まずは見張りを倒し、各自城門を押さえるようにと。


城塞の出入り口はたった2つ。


ディーリーたちと戦っている軍が出たところと、リトリー国へと繋がる門のみだ。


定石通りならば、ここさえ押さえておけば敵は外と連絡を取ることはできず、城塞内の兵さえ倒せば制圧ができる。


「ジョンソン、カドガン、コラード、エラー、ハーヴィンは正面のほうをお願い。ザザは他の人たちと裏門を」


「了解だ、大将」


ザザや他の者たちが答えると、彼らは城壁を登り切り、そこに立っていた見張りの兵へと斬りかかった。


まさかこの分厚く高い城壁をよじ登ってくる敵がいるなどと思ってもみなかったのだろう。


見張り兵らは驚愕きょうがくしたまま、悲鳴をあげる前に殺された。


それからラシュの指示通りに、ジョンソン、カドガン、コラード、エラー、ハーヴィン5人は正面の城門を押さえる。


数人の兵がいたが、彼らは音も立てることなく、その首をっ切りあっという間にその場を制圧した。


「ラシュ、気をつけろよ。見張りの数は大したことなさそうだが、城の守りを任されているヤツがいるはずだ」


「うん、ザザも気をつけて。裏門のほうは任せたよ」


ザザは城塞内へと仲間を連れて走ると、去り際にラシュに声をかけた。


二人はたがいにはげまし合うと、それぞれの仕事をしに向かう。


そしてやはりいうべきか、騒ぎを聞きつけた敵兵たちが集まってくる。


いくら音もなく見張りを斬り殺したとはいっても、相手からすれば自分たちが守る城だ。


少しの異変でも感づかれて当然。


ラシュは裏門へと向かうザザたちを守るために、現れた兵たちの前に立ちふさがる。


「ここから先は行かせない! みんな、敵は少数だよ! ひるまず押し切って! 鋼の抱擁カレス オブ スティールの命運はこの一戦にかかってるんだ!」


向かって来る敵兵らを斬りかかったラシュは、これまで抑えていた声を開放して、仲間たちを鼓舞こぶした。


そんな彼女に応えるように、ザザたちは裏門まで突進。


城門を押さえた5人も大声を返していた。


ザザたちがどうして迷わずに城塞内の経路――裏門までの道がわかるのかというと。


それはディーリーが、この城塞内のことを完璧に把握はあくしていたからだった。


情報は使い方によっては最大の武器になる。


さすがはディーリーだと、ラシュは兵たちの剣や槍をかわしながら反撃し、そんな母のことをほこりに思っていた。


「敵が侵入してきたのか!? それもあんな娘が……?」


そこへこの城の守りについていた――いや、正確に残されていた将――ラトジーが現れた。


ラトジーは子供ながら獅子奮迅ししふんじんの活躍で兵たちを倒していくラシュを見て、みずから剣を抜いて彼女の前に立つ。


「見たところ、お前が指揮をしているようだな。悪いが、子供相手でも容赦しないぞ」


「うおぉぉぉ!」


ラシュは立ちはだかったラトジーに向かって剣を振り落とした。


ラトジーもまた反撃し、城塞内の戦いの中で二人が打ち合った剣の音が何よりも大きく響き渡る。


(くッ!? この人……強いッ!)


最初の一撃がぶつかり合っただけでラシュは理解した。


目の前にいるラトジーが、これまで彼女が倒してきた誰よりも優れていると。


自分にこの男を倒せるのか。


いや、倒せなければならない。


自分が勝たねば鋼の抱擁カレス オブ スティールを、自分の居場所を、家族を失う。


「負けられない……。わたしは絶対に負けられないんだ! はあぁぁぁッ!」


酒浸りになっていたといえ、ラトジーは他国にもその名をとどろかせたの猛将だ。


これまでの戦場で剣の腕をみがき続けてきたラシュとはいえど、相手が悪かった。


凄まじい勢いで剣を振るうラシュだったが、ラトジーはそれを見事にさばいてみせる。


「おい、娘。それなりに修羅場しゅらばくぐってきているようだが、お前の剣に決定的なものが足りない」


「一騎討ちの最中になんだよ! 舐めるのもいい加減に――ぐッ!?」


次第にラトジーが打ち返し始める。


手数こそラシュのほうが多いが、彼女ほうが押され始めているのは明らかだった。


そこからラトジーはさらに剣の速度を上げ、反撃しながらもラシュの被っていたかぶとが吹き飛ばされる。


「お前の剣には相手を殺してやるといった意志がない。つまりは殺気だ。実力に差があればそれでもなんとかなったのだろうが、同程度の力を持つ相手ではこのような差が出てくる」


「偉そうに!」


剣を打ち合いながらラシュは、あることを考えていた。


それはディーリーとの剣の稽古で、自分が母から一本も取れなかったことだった。


自分はまだまだなのだとラシュは思っていたが。


その試合を見ていたクスラとルーニー、さらに団員たちからは、剣の技術でいえばラシュのほうが上だと聞き、ならば何故と勝てないのだと理屈に合わなかったことを思い出す。


それが目の前と男――ラトジーに言われて理解した。


母にあって自分にないもの。


この男にあって自分にないもの。


相手を殺してでも勝つという気持ちが、自分には足りなかったのだということに。


「ラシュッ!?」


「あの酔っ払い、ただもんじゃねぇぞ!?」


「クソッ! どけよテメェらッ! ラシュが、ラシュがッ!」


現れた兵を対処していた仲間たちが、徐々に追い詰められていく彼女を見てすぐにでも助けに行こうとした。


だが、彼らにそんな余裕などあるはずなく、ラシュはラトジーに追い詰められていく。


そして、なんとか切り替えそうとした瞬間、彼女の剣の刃が破壊されてしまった。


「終わりだ、娘。この人数でよく頑張った思うが、この城塞は落とさせん」


剣先をラシュの喉元へと向けていうラトジー。


壁際に追い詰められ、剣まで折られたラシュは、ただ彼をにらみつけることしかできなかった。

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