#17

――リトリー王が兵を連れて出た後。


その数日後に城塞の側の森にたどり着いていたディーリー率いる鋼の抱擁カレス オブ スティールの面々は、夜に休息を取り、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた。


兵の数が200人ほどと少ないとはいえ、彼女たちの接近は、すでに城塞内にいたリトリー軍に気づかれているという状況だ。


凄まじい砂埃すなぼこりが吹き荒れる城塞の前で、団の先頭に立っていたディーリーは、その威圧感のある城壁をにらみつけていた。


「さすがの姉さんでもビビッてのかい?」


そこへクスラが出てきてディーリーに声をかけた。


クスラは冗談交じりでいってはいるが、プログ王国が長年落とせなかったリトリー国の城塞だ。


城壁は二重、高さも厚みも普通の城の二倍はあり、背後には断崖絶壁と、とてもまともに攻略できるようなものではない。


「クスラ、そういうこと言わないでください。兵たちがおびえてしまいますよ」


ルーニーも二人の横に並び、クスラの発言をとがめると、ディーリーが言う。


「なぁに、大したことはない。少々大きい城というだけだ」


「いうねぇ、姉さん。アタシは逃げ出したくなっちゃってるっていうのに」


「なら逃げればいいだろう。別に止めやせんぞ」


「またそういうことをいう。姉さんやみんなを置いて逃げるはずないだろ?」


クスラがそういうとディーリーは意地悪な笑みを浮かべた。


それはルーニーも同じで、ここへ来て今さら命が惜しい者など、この鋼の抱擁カレス オブ スティールにはいないことを彼女たちはわかっているのだ。


城塞の前で陣形を組んだ鋼の抱擁カレス オブ スティールを見て、高台にいたリトリー国の将――レッドが顔をしかめている。


何かを疑っているようなそんな表情だ。


「まさか本当にあの数でこの城塞を攻めるつもりか? いくら噂の傭兵団とはいえ、自殺行為もいいところだ……」


レッドは城を任されているラトジーの副官として、酒浸りの彼の補佐をしている立場だ。


とはいってもラトジーは部屋にこもっているので、実質彼が軍を動かしている状態である。


そんなレッドはたかだが200人程度の兵で、この難攻不落の城塞に攻めようとしている傭兵団の様子を見ていぶかしんでいた。


こちらは主力がいないとは1000人の兵がいる。


たとえ奇策をろうしようとも、城を落とすどころか戦いすらまともにならないだろう。


ならば敵の目的はなんだ。


レッドがそんなことを考えていると、そこへラトジーが現れた。


ふらついた足取りで酒瓶を手に持った状態の彼を見て、レッドの表情がさらに厳しいものへと変わる。


「ヒック、これはなにか狙っているな」


「そう思いますか、ラトジー殿どの。しかし、数ではこちらが圧倒的に優位。わが軍は堂々と正面から挑むのみです」


「まさか全軍で打って出るつもりか? 城の守りはどうする?」


ラトジーの酒臭い息に嫌悪感を覚えながら、レッドは答えた。


相手は少数でこちらは数で上回っている。


そこから少ない兵をいて城を攻めている余裕などないと。


「ここはラトジー殿にお任せします。外の奴らを蹴散らすのは私がやりますので」


レッドはラトジーが何か言おうとしているのを無視して、その場を去って行った。


彼はかつてラトジーに憧れていた。


だがこうやって対面してみて、彼が本当に落ちぶれたのだと思うと、顔も合わせていたくなかったのだ。


「出陣だ! 敵にわが軍の強さを見せつけてやれ!」


城門からレッド率いるリトリー軍が現れた。


「第一陣出撃! ルーニーとクスラの隊は後から敵の左右へ回り込め!」


対する鋼の抱擁カレス オブ スティールもディーリーの声で剣を抜刀。


彼女の指揮により、行軍を始める。


両軍のときの声と共に戦が始まった。


吹き荒れる砂埃すなぼこりに血しぶきが混じり、そこら中で剣を打ち合う金属音が鳴り響く。


「まさか大将自ら先方とはな。よかろう、受けて立ってやる。全軍、第一陣を撃滅せよ!」


後方にいたレッドはディーリーが第一陣を指揮していることを知ると、すべての軍を動かした。


敵方の後方から左右に分かれて向かっていることには気が付いていたが、それでもたかが50人ずつ。


物の数ではないと一気に勝負をつけにいく。


「乗って来ましたね。こういう正面から堂々と来る敵は、指揮官も前に出ているはず」


「おいおいルーニー! あんまりムチャすんじゃねぇぞ!」


「わかってますよクスラ! お互い、必ず生きて戻りましょう!」


「死んでもな!」


クスラと声を張り上げて言葉を交わし合うと、ルーニーは隊を引き連れて敵の中へと飛び込んでいった。


予定通りの左右からの攻撃だったが、数で勝るリトリー軍は動じることなく進撃を続けている。


後方にいたレッドは手綱を引いて一気に駆け上がり、向かって来る兵を斬り殺しながら大将であるディーリーを狙う。


馬を走らせながらレッドは思う。


どうもおかしい。


手ごたえがなさ過ぎる。


腰が引けているわけではないが、敵兵たちはどこか下がり気味だ。


これが噂に名高い傭兵団――鋼の抱擁カレス オブ スティールいくさなのかと、彼が疑問に思っていると、そこへ横から戦斧せんぷが飛んできた。


レッドはこれを剣で振り払うと、馬の足を止め、目の前にいる人物を睨みつける。


「この軍の将とお見受けいたします。ワタシは鋼の抱擁カレス オブ スティールの隊長ルーニー。ぜひお相手を!」


「騎士でもない傭兵風情……しかも女が、口上をべるな!」


「戦場では男も女もありません! その首もらいますよ!」


怒声をぶつけ合い、次に得物を叩きつけ合ったルーニーとレッド。


長身のルーニーの長い手で振られる戦斧は重く、しかも振りが速い。


だがレッドも負けてはない。


見事な剣技で受け流しながら、ルーニーの体を斬り裂こうと打ち返す。


戦場のど真ん中で、二人の斧と剣が火花を散らし始めた。


「ったく、ルーニーのヤツ、ムチャすんなっていったのに。この辺でいいか……。そろそろ潮時だよ姉さん!」


「全軍撤退! 本陣まで下がれ!」


凄まじい乱戦の中でクスラの声を聞いたディーリーは、すべての兵に後退を命じた。

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