#16

――プログ王国軍の本隊が、リトリー国の領地りょうちへと攻めようとしていたとき。


国の王であるリトリーは、ディーリーたち鋼の抱擁カレス オブ スティールが襲撃する予定の城塞にいた。


「プログ軍め。まさかこの城塞を無視して来るとはな」


リトリー王は斥候せっこうから聞いた情報から、プログ王国がかなりの数の兵を連れて国を出たことを知った。


向こうからすればここは敵国のかなめである城塞――てっきりこの場所を落とすつもりで出陣したと思いきや、予想に反してプログ軍は別の城へと進軍している。


その状況を知ったリトリー王は、すぐに部下たちに指示を出し、大軍を持ってプログ軍を迎え撃つことに決めた。


臣下などから城塞の守備はどうするかと訊ねられたが、敵が全軍で襲って来ているのだからと、リトリー王は主力をすべてそちらへと向かわせることにした。


それも王みずから数万はいる兵を率いて。


「では、城塞の守りは誰に任せますか?」


「ラトジーでよかろう」


王が指名した人物の名を聞き、臣下たちの表情が苦いものへと変わった。


誰もが納得していないような顔だ。


そんな臣下たちの中から、甲冑を身に付けた者がひとり前へと出て行き、王の前にひざまづく。


「恐れ多いですが、リトリー王。彼奴あやつめは家族を亡くしてからいうもの酒浸りになっていまして、とても城を守るような大役がつとまるとは思えません」


「だからこそだ。奴を戦場に連れて行っても大して役には立たんだろう。ならば城塞に残しておいたほうがまだ役立つというものだ」


「しかし、もし奇襲でもかけられば……」


「それほど心配なら多少の兵を残しておけばいいだろう。それと副官には腕の立つ者をつけろ。なぁに、この城塞ならば十分に持ちこたえられる」


リトリー王の言葉に、臣下たちはもう何も言わなかった。


それは王の言う通りだったからだ。


このリトリー国が誇る城塞は、先代、先々代の頃からプログ軍が落とせなかった強固な防壁で造られているのだ。


周囲には深い川があり、背後には獣ですら歩けぬ断崖絶壁がある。


たとえ指揮官が無能であっても、余程の大群で襲って来なければ落とせない城だ。


「して、ラトジーはどこにおる? まさかこんな状況でも本国で酒をあおっておるのか?」


「いえ、城塞内にはおります。ただ本人は体調の悪さから部屋で寝込んでいて……」


「まったくしょうがない奴だ。かつての栄光も、今ではその輝きを失っておるな。誠に残念でならぬ……」


以前のラトジーは、リトリー国随一ずいいちの騎士として、その剣技で戦場で名を馳せた男だった。


一騎討ちでは負け知らずと、ほんの十数年前では他の国々にも知られていた。


ラトジーには妻がおり、それはとても美しい女性だった。


夫婦は子供を作るのに時間はかかったが、無事に娘が生まれ、彼の人生は幸せの絶頂となる。


だがそんな順風満帆じゅんぷうまんぱんだったラトジーの暮らしは、突如として崩壊した。


娘が生まれて間もない頃に、彼が家族と住む家が、当時雇っていた使用人によって焼かれたのだ。


その火事で妻が亡くなり、まだ赤ん坊だった娘の死体は見つからなかったものの、焼け死んだと思われている。


使用人は役人に捕まることなくリトリー国から姿を消し、なぜだかラトジーは犯人を追わず、それから酒浸りになった。


自宅に引きこもってしまった彼を励まそうと、友人たちや親類の者たちが顔を出したが、ラトジーが以前のような精悍せいかんさを取り戻すことはなかった。


リトリー王はそれでもなんとかラトジーに立ち直ってほしいと、これまでも何度か手柄を立てさせようとした。


しかし彼にはもう生きる気力などなく、王が直々に命を出しても、空返事からへんじばかりでやる気はみせない。


臣下たちから、ラトジーを追放するべきだという意見も出てきたが、リトリー王はこれまで国に忠誠を尽くし、いくさ貢献こうけんしてきた騎士のことをかばい、彼は厄介者として国に残されたのだった。


リトリーは大きくため息をつきながらも、まだラトジーに期待していた。


口では厳しいことを言っていても、彼は確かに国の英雄だったのだ。


何かきっかけさえあればと、王はそれでもあきらめずに、戦場でラトジーを起用し続けている。


「ラトジーにしっかりと伝えるのだ。わしらがいない間はお前がこの城塞を守るのだとな」


リトリー王の言葉に従い、臣下たちはラトジーに城塞を任せることを受け入れ、出陣の準備に取りかかった。


その頃ラトジーは、自室でうなだれながら酒を飲んでいた。


体調が悪いと言っていたにもかかわらず、話通りの放蕩ほうとうぶりだ。


大口を開けて酒を流し込もうとしたが、瓶は空になっていた。


それを部屋の壁に放り投げ、ラトジーは声を荒げる。


「なんだよ! もう酒がなくなっちまったじゃないか、クソッ!」


落ちた英雄が城塞の守りを任されたことを知ったのは、リトリー王が大軍を連れて城塞を出た後だった。

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