#15

ラシュと男たちの騒ぎは、すぐにディーリーらの耳に入った。


その話を聞いたクスラは顔をゆがめ、ルーニーのほうは両方のまゆを下げている。


「あのバカ! いくさの前だぞ! 味方同士で血を流してどうすんだよ!」


「ラシュにも困ったものですね。ともかく早く止めないと」


二人と団員たちは大慌てでラシュたちのもとへ向かったが、ディーリーだけはその場に残り、ひとりクスッと笑みを浮かべていた。


クスラとルーニーは走りながら思う。


やはりラシュにはまだ早かったかと。


彼女たちにも似たような経験はあった。


傭兵団に入るような人間は、どいつもこいつも荒くれ者なのだ。


二人も女というだけで舐められることはあったが、ラシュは女であるうえにまだ10代の少女なのだ。


今回だけはディーリーの判断が間違っていた。


クスラとルーニーはそんなことを考えながら、その場に到着すると――。


「おいラシュ! これは一体どういう――ッ!?」


男たちは倒されていたが、誰も血を流してはいなかった。


ラシュはさやがついたまま剣を振り、男たちを打ち負かせたのだ。


怒鳴り込んできたクスラたちのほうを見たラシュは、彼女たちにニッコリと微笑む。


「あれ? どうしたのみんな? わたしはただこの人たちに、指南しなんわれただけだよ」


きょとんとしているクスラたちを放って、ラシュが男たちに言う。


「さあ、約束通りみんなの名前を教えてよ。それでこの後はどうするか、自分たちで決めてね」


「くッ!? 仕方ねぇ……約束だ。オレはジョンソン……」


「カドガンだ」


「コラード」


「エラーだよ、クソガキ」


「ハーヴィンという」


倒れていた男たちは、顔をしかめながらもラシュの言う通りにした。


彼女にかかっていかなかった者たちは剣を握ったまま、その場に立ち尽くしている。


こんな女の――ましてや子供に、まさか5人がかりで仕掛けてやられるとは思ってもみなかったのだ。


彼らの住む世界では力こそがすべてだ。


剣で負ければ従う。


男たちは当然騎士ではなかったが、それぐらいの矜持きょうじは持ち合わせていた。


これは認めらざるえない。


男たちは口にこそ出していないが、彼らの表情はそう語っていた。


その様子を見ていたザザはニヤリと笑みを浮かべると、ラシュと剣を交えることなく立ち尽くしている男たちに向かって言う。


「ほら、お前らも名乗れよ」


「だがよぉ、ザザ」


「いいから名乗れよバカ野郎ども。このちっこいオレらの大将はなぁ。名前も知らねぇヤツに命は預けられねぇって言ってんだ」


ザザにそう言われ、男たち全員がラシュに自分たちの名前を教えた。


ラシュは満足そうにうなづくと、ザザの肩をポンッと叩く。


「いやはや助かったよザザ。このまま簡単に収まるとは思わなかったけど、さすがはわたしが誘った人。ありがとうね」


「別にオレはなにもしちゃいねぇよ。全部お前がやったことだ」


ケッとにくまれ口を叩きながらも、ザザもまた嬉しそうにしていた。


そんな彼にさらに笑みを見せたラシュは、再び男たちに向かって口を開いた。


「さあ、決めてよみんな! わたしと一緒に戦うかどうかを!」


ラシュの快活な問いに、男たちはこうべれて答えた。


自分たちは全員ラシュについて行くと。


そして城攻めの段取りを話し合ったラシュは野営地まで戻り、ディーリーたちと食事を取る。


「おいラシュ、ああいうときはな。まずアタシかルーニーに声をかけろよ。ったく、収まったからよかったものの、下手したら戦う前にいらねぇ殺し合いをするとこだったんだぞ」


「まあまあいいじゃないですか。彼らもラシュを認めたみたいだし」


「あめぇんだよ、ルーニーは。大体姉さんも姉さんだぜ。アタシはラシュにはまだ早いと思ってたんだ。新参者らとの顔合わせには、誰かついててやんねぇとよ」


クスラは悪態をつきつつも嬉しそうにしていた。


彼女をなだめるルーニーももちろん喜んでおり、騒ぎについて聞いたディーリーは嬉しそうに笑っていた。


ラシュは勝手な判断をしたことをクスラに謝っていたが、今回の騒ぎは彼女に自信を持たせたようだった。


照れながらもどこかほこらしそうにしている。


「でも、よくあんな方法で場を収めましたね」


「まったくだ。あのザザってのがいなかったら、やられっぱなしでいられねぇって襲ってきたかもしれなかったぞ」


ルーニーがそういうと、クスラが彼女に同意した。


煮立った鍋の火を見つめながら、ラシュが二人に答える。


「母さんが、自分で誘っておいて名も知らなかったのかって……。ダメだぞ、そういうのはって……言ったから……。あッザザのことなんだけどね。だからまずはみんなの名前から知りたいなって思って……」


ラシュの言葉を聞いたディーリーとクスラ、ルーニーは同時に大笑いした。


それにつられてか、周囲で別の鍋を囲んでいた団員たちにも笑みがこぼれる。


そんな中でザザたちの集団は苦い顔をしながらも、その口元は上がっていた。


「そうかそうか。結局姉さんのマネかよ」


「いいじゃないですか。ねえ、ディーリー姉さんもそう思うでしょう?」


「あぁ、顔も名前も知らない者同士では命を預けられないからな。ラシュのしたことは大事なことだ。だが、クスラの言ったことも大事だぞ。私たち鋼の抱擁カレス オブ スティール一蓮托生いちれんたくしょう。それぞれ役割はありつつも、互いに話は必ず通しておかないとな」


ディーリーに褒められ、そして注意されたラシュは、微笑みながら彼女のことを見た。


優しくも厳しい母。


彼女にはこうなることがわかっていたのだ。


だからこそ娘に成長してほしいと、今回城攻めの指揮という大役を任せたのだと、ラシュは重圧から解放され、母の期待に応えようという気持ちで胸が一杯になっていた。


「うん! 次からは気をつける!」


それから彼女は背筋を伸ばし、満面の笑みを浮かべてそう言った。

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